拾頁目 プレゼント・フォー・ユー

 〜〜オラクロン大公国・執務室〜〜



「そうか、成功したか」



 南の廃城に棲み着いた炎の魔物の討伐作戦。

 当時街に居合わせた複数の冒険者パーティや

 公国の正規軍も数名参加したこの大規模作戦は、

 討伐完了の文言を報告書に刻んで終了した。

 そしてその報告書は翌日中に公国の大公、

 オスカー・フル・ビクスバイトの元へと届く。


 しかし大公はいつも通り抑揚の無い声で

 報告書を受け取ると、これまたいつも通り

 沼のように濁った目で冷たくその文字列を眺める。

 人が持つ温かみを全く感じさせない顔付きで

 彼は機械のように脳へと情報を流し込んでいた。

 そしてそんな彼に部下の男が語りかける。



「『ギルド』への説明は如何致しましょう?

 冒険者たちにも少なくない犠牲が出ましたが」


「不要だ。本作戦に連中は

 元々参加したのも義侠の心溢れる志願者だけ

 ……戦死した者の遺族にのみ気を遣え」


「承知しました。そちらはすぐに手配を

 炎の魔物の正体は竜を模した魔導機構マシナキアでした

 戦前の遺産か、或いはどこぞの国の陰謀か……」


「回収は?」


「燃え残りを一部。現在技術部が調査中です

 まぁ解析も再利用も困難だとは思いますが……」


「……この『黒い粉末』というのは?」



 大公が指差したのは報告書に載っていた竜の行動。

 交戦中に突如として進行方向を変えたかと思えば、

 空を埋め尽くさんばかりの黒い粉末を放出したと、

 生還した参加者の証言でそう記載されていた。


 また別紙にはこの黒い粉末の詳細もあり、

 実物を採取出来なかったので確定では無いが、

 煤のような物であったとも報告されている。

 これに対して部下の男は的外れな推理をするが、

 オスカーはしばし思考を巡らせ名を呟いた。



「煤霊」


「は? 今なんと?」


「……いや、何でも無い

 知名度の低い名をほざいてみただけだ」


「は、はぁ?」


「それよりも、今はこちらが重要だろう」



 気を取り直すように椅子を引くと、

 大公は机の中から別の報告書を引っ張り出す。

 ドンと音を立てて机に乗ったその紙束の厚さは

 既に終了した討伐作戦と比べて何倍も分厚く、

 それだけで事の重大さが十分に伺えた。

 そして叩くように紙束の上に手を乗せると

 大公はたった一言、言葉を添える。



「我々は常に先手を狙う」



 〜〜オラクロン西部・ベリル宅〜〜



 南の廃城での出来事から二日後。

 魔物たちは隠れ家での日常に戻る。

 今は教師ギドによるベリルの教育時間。

 特に座学による計算能力強化の授業中だった。



「では模範解答を言っていきますねー?

 え〜まずは問一、答えは三です」


「嘘ぉ!?」


「続いて問二は六個。問三は八〜」


「んんっ? え、八ぃ〜?」


「そして最後が午前十時……さて如何でしたか?」


「普通に全問正解」


「普通に全問正解でしたか」



 普通に全問正解だった。



「いやちょっと待てぇッ!!!!」


「何シェナ? うるさいよ?」


「いや! 何だったのさっきのリアクション!?」


「単なるベリルの戯れですよシェナさん

 彼がこの程度の計算で躓く訳ないでしょう?」


「だったら何でそんなのやってるのよ?

 さっさと次のステップに進めば良いじゃない?」


「はぁ……そこなんですよねぇ……」



 ギドは珍しく参った様子を見せると

 机に自重を預けて溜め息を漏らす。

 どうやら彼もベリルの成長速度と

 授業内容とのギャップは感じていたようで、

 何か対策を取らねばと常々焦っていたらしい。


 特に、単純に問題の難易度を

 上げていけば対応出来る座学方面よりも、

 多くの制約が課せられる実技方面が停滞していた。

 場所や時間、そして何より人間たちの目。

 人が天下の世界では魔物は伸び伸び過ごせない。



「僕はしばらく計算でも良いよ? 楽しいし」


「戦闘訓練は必須です。やるなら早い方が良い」


「そうかしら? まだガキの体なんだし、

 もっと成長してからでも遅くは無いんじゃない?」


「ふむ、確かにその主張も一理あります

 何かを始めるのに遅すぎるなんて事はありえない

 で、す、が――」


「「ですが?」」


「何事もんですよ?」


「……そういう物なの?」


「ええ。そういう物なのです」



 とは言え今すぐ始められる訳でも無し。

 人間に悟られず魔物として伸び伸び特訓出来る、

 そんな都合の良い訓練場が見つかるまでは

 ひたすら座学あるのみだ。

 再びギドとベリルは勉強へと戻る。

 だがしばらくしてシェナが不快そうに声を上げた。



「……てか、何か暑くないこの部屋?」


「オラクロンはこれから猛暑ですからねー

 いつか水練がてら皆で海にでも行きましょうか?」


「いつかね! それより今よ今!

 いやホントっ……なんでこんなに暑いのよ!?」


「――もしや当方のせいですか?」



 衣服で自身を仰ぐシェナの真横で、

 室温を上げていた原因の炎が陽炎の如く揺れる。

 顔の間近まで迫ったその熱源に気付き、

 色白の女魔物は小動物のように飛び退いた。



「誰ぇえ!? てか何ぃい!?」


「お初にお目にかかりますお嬢さん

 当方は先日、我が君ベリル様が率いる軍門の

 その末席に加えて頂いた焔魔、煤霊のペツです」


「煤霊? マジで初めて聞いたかも……

 あんたらどんなマイナー魔物捕まえて来たのよ?」


「これは耳が痛い! シェナ様でしたか?

 差し支え無ければそういう貴女の種族を伺っても?」


「え? 透血鬼カラーレスだけど」


「聞いた事も無い種族ですなァ!!」



 直後、幻魔の鋭い爪が火の玉を狙い、

 対する焔魔は大量の煤を放出してそれを躱すと、

 周囲の家具に憑依し木造の人形となって応戦する。

 そんな魔物たち攻防に巻き込まれたベリルの顔は

 煤や埃で真っ黒に染め上がっていた。



(なんでもう仲悪くなってるの?)



 南の廃城が壊滅したその日から

 ペツは廃城跡地とベリル宅の二箇所を

 生活の上での拠点とするようになっていた。

 廃城は休息や魔力の回復など目的とした家として、

 そしてベリル宅は主君の供回りを目的とした

 職場感覚で日々往復している。


 しかし今はとにかく潜伏しての『溜め』の時間。

 ギドたちが大っぴらに動く事は無いので、

 実質ペツは部屋の温度を上げるだけの

 お荷物状態と化していた。

 その上――



「燃え上がれ、我が拳!」


「「「あ……」」」



 ――ペツの能力が宜しく無い。

 燃え盛る焔は平時の活動には過剰火力であり、

 また仮想敵を一般の旅人とするのならば、

 食料、金品の奪取が必須となるので

 やはりこちらでも炎は威嚇程度にしか使えない。

 魔物たちは完全にペツの力を持て余していた。



「燃えてる! 机が燃えてる!」


「ちょっとアンタ早くどうにかしなさいよ!」


「ふーむ? 当方にもその意志はあるのですが、

 如何せん手助けした場合もっと燃えそうで」


「あー駄目だ! 僕の翼で仰いでも

 逆に火の勢いがどんどん強まっちゃう!

 シェナ! ねぇシェナは何とか出来ないの!?」


「幻しか出ないわよ! 現実逃避がお望み!?」


「おおそれも良いですな!」


「「良くない!」」



 未熟者たちは慌てふためく。

 やがて炎が天井にまで近付こうとしたその時、

 いつの間にか奥へと消えていたギドが現れ

 延焼箇所を目にも留まらぬ剣捌きで斬り刻むと、

 それらを一所に集め、そして上から纏めて

 濡れたタオルを覆い被せて鎮火する。


 一連の流れるような行動を終えると、

 ギドは魔物の子供たちにいつもの笑みを魅せる。



「皆さん。こういう時こそ冷静に、ですよ?」


「「は、はい……」」


「そして煤霊。そこに」


「……はぃ」



 笑顔を崩さず威圧するギドの気迫に負けて、

 或いは多少なりとも反省の念はあったようで、

 ペツは憑依物の人形から抜け出し

 彼の前で小さく纏まる。


 そして霊魂が説教されている間、

 ふとベリルはある違和感を覚えて

 脱ぎ捨てられた人形を観察し始めた。

 手に取ってみればその正体もすぐに分かる。

 煤霊の操っていた憑依物もまた、

 内部から焼け焦げて消耗していたのだ。



「まさかペツ。憑依した物も焼いちゃうの?」


「ええ。今回のように材質が木ですと

 立っているだけで一分と保たないでしょう」


「ふーん……」



 ベリルはぽつりと吐き捨てるように呟いた。



便


「ガはァっ!?」



 少年の着飾らない罵倒が全身魂の煤霊を穿つ。

 彼は脳内で何度もその言葉を再生させると、

 遂に耐えきれなくなり、壁をすり抜け

 ベリル宅から退去していった。


 だが慌てるシェナやギドとは対称的に

 ベリルは煤霊の捨てた憑依物にご執心で、

 その部品の幾つかを積み木のようにくみ上げると

 何かを決意し、仲間たちの方へと振り返る。



「ねぇ二人とも。ちょっと手伝ってよ」



 ~~~~



 ベリルはを始める。

 工作と言ってもそれは『陰謀』という意味では無く、

 文字通り『物作り』という意味の物ではあったが、

 その規模感は五歳児のそれを優に越えていた。



「ただいま戻りましたよ

 廃城から運べる限りの資材を頂いて来ました」


「ありがとう二人とも。ペツには会った?」


「まぁ一応はねー?

 でも今はアンタに会わせる顔がないっさ」


「そっか……丁度いいかもね!」



 プレゼントにサプライズ性が加わった事に

 幼子らしい胸の高鳴りを覚えつつ

 ベリルは広げた図面に笑みを向けた。

 其処に描かれているのは人型の機械人形。

 これから何かと不便なペツのために用意する、

 彼の新しい体の設計図であった。


 目標は元から人型として成立している頑丈な体。


 ペツが連結に割く労力を完全に無くせれば、

 それだけで他の憑依物より有用となるだろう。

 加えて鋼の肉体ならば多少は燃焼にも強くなり、

 かつその硬度で行う肉弾戦だけで

 十分な戦力として数える事が出来るようになる。

 これさえ完成すれば今あるペツの課題を

 粗方クリア出来るのだ。



「溶接は難しいから別の接合方法にしなくちゃ……

 動力や配線を無視して良いのはかなり楽ちん」


「……アンタこういうの得意なんだ?」


「少しだけ。モルガナの作業を何度か手伝ってた

 何か間違える度にクソガキって怒鳴られてたよ」


「ふーん? ……ねぇこの変形ギミックって何?」


「えっと、腕から大きな砲塔を出すの

 あと換装パーツで数種類の魔導機構マシナキアを使い分けるんだ

 あ! あとね、あのね、それからね!」


「男の子ね……てかアンタそんなの作れるの?」


「技術的にも素材的にもっ――今は無理かな?」


「駄目じゃん!」


「だから今回作るのは後々の修理や改造を

 前提としたすっごく簡単な奴にするつもり」


「今後もこういうの作り続けるわけ!? ダルそ~!

 技術や素材が揃ってから纏めて作れば良くない?」


「ふふん、何事も早く始めた方が偉いんだよ?」



 分かっていないな、と言わんばかりの得意顔で、

 ベリルはギドから教わった事を復唱した。

 そして少年は早速集めた素材を物色し

 何に使えそうかの吟味を始めるが、

 そんな彼の背中と図面を交互に見つめながら

 不思議そうな顔をしたギドが声を出す。



「魔物は魔導機構マシナキアを使用出来ませんよ?」


「…………え?」


「魔物は魔導機構マシナキアを使用出来ませんよ?」


「いや聞こえた……上でもっかい、え?」


「魔物と人間の扱う魔法の違いは前に話しましたね?

 それと同じで我々の扱う魔力も完全に別種です

 なので我々がいくら高濃度の魔力を流しても

 ホラこの通り、魔導機構マシナキアはピクリともしません」


「!?」



 ギドの実演と共に見せつけられた現実が

 ベリルの精神をガツンと内側から殴り抜けた。

 仮に魔導機構マシナキアが魔物も使えれば

 魔王軍が負ける事は無かったとギドは宣うが、

 そんな正論も今のベリルの耳からはすり抜ける。



「で、でもシェナは前に扇風機使ってたよ?」


「扇風機はボタンを押すだけですからねぇ

 日用品は一般人でも使えるよう改良されています

 戦闘に使えないほど出力を抑えられてね?」


「萎えたー!! はぁ~一気に萎えた~~!」



 やりたい事の大半が駄目になり、

 幼子は全てを放り出して背中から倒れる。

 だが拗ねて小さく丸まった彼の耳元で

 満面の笑みのギドはすぐさま囁く。



「ペツのために頑張るんでしょ?」


「むぅ……やる気戻ったらやる……」


「何事も早く始め――」


「わぁーかったから!!」



 その日からベリルの自由工作が始まる。

 素材は廃城から掻き集めた魔導機構マシナキアの残骸群。

 過去の最前線で戦った、当時の最新技術たち。

 其処からたった一体の人型機械人形を作れば良い。

 動力も、武装も、凝った変形も必要としない

 とにかく頑丈な機械の戦士を生み出すのだ。



 ~~製作一日目~~



「設計と組み立ては僕がするよ

 ギドは加工やって。斬って欲しい所に線引くから」


「ねぇ私は?」


「あー、じゃあシェナは組み立てを手伝って

 そこに右腕用のパーツが揃ってるから」


「りょーかい! 楽勝ね!

 ――ほらもう出来た。完璧じゃないこれ?」


「……関節が逆」



 ~~製作三日目~~



「ベリル、少し休んでください

 もう八時間はそこで座りっぱなしですよ?」


「ぅん……これ終わったら……休むから……」


「ただいまー。うわっ、まだやってんの?」


「もうちょっと……もうちょっとだから……」


「ったくもう! ホ〜ラ!

 通りでアイス買って来たわよ、食べる?」


「食べるぅ……」



 ~~製作七日目~~



「「う~ん」」


「間違い無くいい線までは行ったのですがね

 いやはやどうして、上手く行かない物ですね」


「「う~~~ん」」


「ほら二人とも、散らかったパーツを片付けますよ

 もう一度、序盤から作り直しするんですから」


「「う~~~~~ん!!」」



 ~~製作十三日目~~



「ほぼ完成! したけど……」


「外装スッカスカ! 見た目も超不気味!」


「そうですか? 『殺すぞ!』って雰囲気が

 前面に出ていて中々の良デザインですよ?」


「怖いわ!」



 ~~製作十七日目~~



「廃城で見つけて来ました。軍服です!

 この手の戦闘服は下手な装備より丈夫ですよ!」


「それで覆っちゃえばほぼ隠せるんじゃない?」


「外装問題解決、見た目問題も解決……アリかも」


「見えない所だからヨシ! 手抜き万歳! 復唱!」


「「手抜き万歳! 万歳!」」



 かくしてベリルの自由工作は終了する。

 保護者たちの助けもあり、

 納得のいく成果物が完成した。



 ~~南の廃城~~



 三人の魔物は早速ペツのいる廃城へと向かう。

 改めて見れば其処はもう城と呼ぶには

 あまりにも建造物が無さ過ぎて、

 また地底に繋がる絶壁ばかりの地形は

 開拓するのも一苦労に思える秘境と化していた。


 それでもペツはまだこの場所に棲んでいる。

 ほとんど壁と瓦礫だけになった残骸の中で、

 揺らぐ火の玉は今日も漂っていた。



「ペツー? 居る?」


「我が君!? ッ――!!」



 ベリルの姿を見るや否や、

 煤霊は少年の前まで滑り込むように移動した。

 きっと彼なりに頭を下げているのだろう。

 小さく丸まった炎は要件も聞かずに捲し立てる。



「我が君! 遂に、遂にやりましたぞ!」


「え? 何が?」


「我が君に不便とご指摘頂いたあの日以来!

 何かお役に立てる事は無いかと愚考しておりました

 その結果――当方は遂に発掘したのです!」


「「発掘?」」



 首を傾げる三人の声が揃った。

 だが興奮気味なペツはそれにすら構わず

 自ら深い亀裂の中へと降りて彼らを誘導した。


 そうして導かれるままに魔物たちは地底に降りる。

 すると其処には絶壁の中に埋もれた

 重厚なる白亜の巨大な扉が存在していた。

 扉を見た瞬間、誰よりも早くギドが反応する。



迷宮ダンジョン……ですか!」


迷宮ダンジョン?」


「超古代文明遺跡の通称です

 どうやら此処のは既に死んでいるようですが、

 それでも――」



 高揚と緊張を半々に宿した顔付きで、

 ギドは重厚な扉を押し開けた。

 その先に広がっていたのは広大な空間。

 巨大な柱が何本も整列している白い部屋だ。

 其処には十分な強度があり、十分な設備があり、

 そして十分なスペースがあった。



「この空間ならば、多少暴れる程度では

 外に何ら影響を与える事はありませんね」


「流石ギド様。その通りで御座います」



 我が意を得たりという声色で、

 ペツはギドの発言を全面的に肯定する。

 そして改めて、彼はベリルの前に浮かんだ。



「訓練場としてお使いください、我が君」


「っ――!」



 それはペツからベリルへの、

 サプライズプレゼントであった。

 驚かせるつもりが逆に驚かされてしまい、

 少年はこそばゆそうな笑みを漏らしていた。


 そして反撃とばかりに

 ベリルたちからも贈り物が渡される。

 煤霊はその黒く輝く機械人形に言葉を失うも、

 すぐに憑依してその眼に輝きを灯した。



「どう? ペツ?」


「これは……! 素晴らしい……!」



 連結に労力を割く必要が無い分、

 運動性能は今までのどの憑依物よりも遙かに上。

 加えてギドよりも更に一回り大きな鋼鉄の体は

 少し動かすだけで十分なパワーを有していた。



(あぁ……当方はなんと良き主に恵まれた事か)



 煤霊は機械人形の瞳でベリルを見据える。

 真ん丸な頬の可愛らしい小さな魔物。

 そんな彼を、ペツは持ち上げ肩に乗せた。



「うゎ! ペツ?」


「少々お付き合いください。我が君」



 そのまま彼は少年を乗せて廃城に戻る。

 既にその空は夜へと向かって二色に分かれ、

 暖色と寒色とが絵の具のように混ざり合っていた。

 やがて彼らはある場所へと辿り着く。

 其処には、城に咲いた一輪の花があった。



「! この場所、まさか」


「ええ。彼らの遺骨は吹き飛んだというのに、

 この花だけは逞しいものですね」



 そう言うと機械人形は花を摘む。

 鋼鉄の指先を捻って茎から千切ると、

 それを美しい落陽の空に向けた。

 言うなればそれは――過去との訣別。

 廃城に棲むのを変えるつもりは無いが、

 それでも『今まで』と『これから』を区切る

 大切な、大切な、霊魂なりの弔いの儀式。



「汝らの無念。当方が果たさん――」



 ペツは指先の花を緩やかに燃やした。

 廃城に眠る魔物たちへの贈り物。

 安らかな休息を願うための献花であった。


 やがて燃えた花の塵が夕空へと溶け込み、

 そうして静かに儀式を終えると、

 ペツは今度こそ主君の前で片膝を突く。



「この先も変わらぬ忠誠を――我が君」










 ~~同日夜・とある砂漠~~



 砂の大地の夜は寒い。

 凍てつく風が、死の風が、

 鬱陶しい砂埃を攫って巻き上げる。

 そんな不毛の大地の真ん中で、

 一人の旅人が死んでいた。


 旅人の死因は――溺死。

 彼は砂漠のど真ん中で溺れて死んだ。


 直後、旅人の腹を突き破り『水』が立つ。

 高い粘性を有するその水の塊は

 やがて星が輝く寒空の下で

 一人の妖艶な『美女』に転じた。



「ごち」



 婀娜あだな唇をなぞる舌に指先を添え、

 美女は緑の黒髪をかき上げ月下に嗤う。

 その嬌声が、暗い砂漠に染み込んだ。

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