第6話 大団円

 実際に、渡会の身元を探ってみると、別に怪しいところはなかったのだが、彼が、以前のある事件で、

「目撃者」

 となっているのが分かった。

 その事件というのは、この場所というわけではなかったが、やはり、どこかからの帰り道において、

「強姦事件」

 の目撃者になっていたことだった。

 その時のことを調書にて調べてみると。ある男が渡会の証言によって逮捕され、強姦罪として起訴されたが、公判中に被害者と容疑者との間で示談が成立したのだった。

 だが、それは起訴後ということであったので、裁判は継続され、示談成立ということや、被疑者が、当時未成年だったこともあって、執行猶予がついたのだった。

 この調書からはそこまでしか分からなかったので、この話を、性犯罪関係担当の刑事に訊ねてみると、

「ああ、覚えているよ、確か3年くらい前の事件だったかな。ちょっと私にとっても、いたな思いでしかない事件だったですね」

 というではないか。

「それはどういうことですか?」

 と聞いてみると、

「いやね。調書には載ってないんだけど、その時に被害者が自殺したんだよ」

 といい、もう一度、彼は調書を見直した。

「あれ?」

 と彼は言った。

「どうしたんですか?」

 と迫田刑事が聴くと、

「ああ、いや、偶然なのかも知れないんだけど、この時の被害者女性の妹が、ちょうどこの間、婦女暴行未遂事件に遭っているんですよ。その時は、襲われかけたけど、近くを通りかかった人がたまたま見つけて、事なきを得たんだけど、つくづく、運が悪い姉妹だということなのだろうか?」

 とその話を聴いて迫田刑事は、

「運が悪いなどという言葉で片付けられるものではない」

 と感じたが、それ以上はいえなかった。

「痴漢や強姦というのは最近増えているので、我々も気を付けているんですが、限られた人員での防犯にも限りがありますからね」

 と言った。

 その自殺した人が誰なのか察しがつくと思うが、それが三村凛子の姉である、

「三村香織」

 だったのだ。

 調書を見ていると、

「バスを降りて、帰宅途中、時間にして、午後10時を回った頃で、バスも終点時間に近かったという。彼女は仕事で遅くなったということだが、最近は会社が忙しいということで、その時間は珍しくもないということであったのを、本人も話していたし、ちょくちょく一緒になる人も、何度も見かけたということだった。そういう意味では狙われやすかったといえる」

 犯人は、供述でもそういっていたが、だから、簡単に彼女がターゲットになったという。

 それだけに、ターゲットにされてしまったことを、

「妹は、意識しなかったのだろうか?」

 というのも、先日の妹の凛子が襲われた時に担当したのが、今回迫田刑事が過去の事件を訪ねにきた、

「田村刑事」

 だった。

 田村刑事は、強姦罪などの犯罪の専門家といってもよかった。その時、彼女は姉の話を一言もしていなかった。

 ただ、怯えているだけで、話を聴いていても要領を得なかった。ただ、田村刑事の刑事として見る目が、

「落ち着いているように見えるんだよな」

 という感覚でみると、

「この女性の言っていることを、鵜呑みにしてもいいのだろうか?」

 と感じた。

「彼女の証言は、どこか、計算されたところがある」

 と考えられたからだった。

 だが、強姦されそうになったのも事実だし、震えが止まらずに、恐怖を感じているのも、当たり前のように思えたのだ。

 考えてみれば、

「姉も数年前、暴行されることで、自殺を余儀なくされた」

 ということを意識していたとして、

「警察に協力し、事件を表に出そうと下ことで、犯人からではない、何か他の相手にウケた無言の圧のようなもので、自殺に追い込まれたのだとすると、凛子さんも、迂闊に警察に協力できない」

 と思ったのだろう。

 凛子は、自分でも小説やシナリオを書くくらいなので、ミステリーを書こうと思うと、

「警察組織であったり、捜査のことを自分の小説やシナリオの取材資料として集めていた可能性はあるだろう」

 ただ、それを調べるわけにはいかない。なぜなら、凛子は、

「加害者ではなく被害者なのだ」

 という当たり前のことである。

 だから、捜索令状が出るわけもなく、そもそも、姉が自殺を遂行した時に、その原因となったことの真相を調べるということで、遺留品も調べられたことだろう。

 ただ、その中に自殺を疑うものは発見されずに、

「自殺をした正当な理由」

 というものが、証拠として見つかったのかも知れないが、何しろ調書なので、そこには詳しく書かれてはいなかった。

 それが、死んでしまった人間を、悪く書くということもないので、そこから、何かを導き出すのは難しいことだろう。

 しかし、その割には、少し厄介な感じだったことは否めないようだ。これも、ミステリーに造詣の深い凛子ならではの、

「トリックだった」

 とすれば、

「二人の間に何があったのか?」

 あるいは、

「二人が暴漢に遭った」

 というのが、本当に偶然なのかが、問題だった。

 ただ、今のところ、あくまでも、

「偶然が結びついただけのこと」

 だったのだ。

 迫田刑事も、田村刑事も、何か釈然としない思いを持ったまま、

「何か、ピースが足りないんだよな」

 と、迫田刑事がいうと、

「迫田もそう思うかい? 俺もそうなんだ。姉の事件を調べているという時の違和感を、今回の事件でも感じた気がするんだ。それに三村という苗字は、そこまで珍しいわけではないが、凛子という名前は少し珍しい。三村凛子と続けて読むと、やはり何かを感じたんだけど、まさか、暴漢に襲われて、示談の成立から、裁判が終わらなかったことで、彼女が、その後謂れなき、誹謗中傷に遭っていたというのは、事実だったようだからね」

 と、田村刑事が言った。

 そう考えると、二人は、

「今回の殺人未遂事件であったり、同じ日に起こった妹の凛子への暴行未遂事件というのが、水面下のどこかで繋がっている」

 といってもいいのではないだろうか?

 この気持ちは田村刑事の方が、迫田刑事よりも強いようだった。その理由は、

「暴漢事件が時を経て、妹にものしかかり、

「偶然なのか?」

 と思えば思うほど、何か見えない誰かが、

「その後ろに潜んでいるということが分かってきた」

 ということであった。

「そういう意味では、この一連の事件は、人間という意味で、偶然が重なりすぎているんだよな」

 と、迫田刑事は呟いた。

 そしてそれを聞いた田村刑事は、

「さらに、問題が核心に向かうほど、その偶然というものが、もっと深堀されていくのではないだろうか?」

 ということを感じるのであった。

 そう思うと、余計に釈然としない思いが、膨れ上がってくるのを感じたのだ。

 田村刑事が興味のある話をした。

「今回の被害者だった妹の、三村凛子が言っていたんですが、どうやら、誰かから脅迫を受けていたという話でした」

 という話が出てきた。

 その話を聴いた時、迫田刑事は、それまで思っていた、いや、悶々とした気持ちが晴れたような気がした。

「そういえば、今回の事件の被害者となった、畑中という男なんですが、彼も雰囲気がおかしいと思っていたんですが、脅迫という言葉を聞いて、埋まっていなかった何かのピースが埋まった気がするんですよ」

 と、嬉々として、今回最高に初めて、興奮しているようだった。

「畑中? 畑中修三のことですか?」

 と、田村刑事から、言われた迫田刑事は、今度は、興奮が一瞬にして、冷めてきた気がした。

 一気に膨らんだ興奮を、一気に冷やすということは、鋼鉄のような硬いものを柔らかくする機能がある。

 その考えが、迫田の頭を柔軟にするのだった。

 しかし、ショックであることに変わりはなく、

「田村刑事は、どうしてその名前をご存じなんですか?」

 と迫田刑事が聴くと、

「いや、今回の強姦の被害を受けていた、三村凛子という女性も関係者に、確か畑中修三という人がいましたね。今度進学する大学で先輩にあたるようなんですよ。話を聴いてみると、先輩として、文芸サークルへといざなっていたという話を聴いたんですけどね」

 と、田村刑事は言った。

「なるほど、何か曰くはありそうですね」

 という話をしながら、迫田刑事は、いろいろと考えを巡らせていた。

 迫田刑事は、予感があった。今までにもこのくらいの材料が揃えば、頭の中で組み立てた真相が、

「真実に変わるのではないか?」

 という発想であった。

 まず、考えたのが、今回の一連の事件の登場人物が、漏れなく何か、事件に関わっているのではないかということであった。

 特に気になったのは、最初の目撃者であった、渡会という男、

「やつがこの事件における大きな何かを持っているのではないか?」

 という思いであった。

 その思いは強く、それぞれに、一つの犯罪を目指していたわけではないのに、役割のようなものがうまく嵌ったことで、最終的な事件を組み立てようと考えていた。

 しかも、それぞれ、

「自分が前を向いた瞬間にその場にいた人」

 あるいは、

「目をつぶってから、目を開けた瞬間にうかんできた人物」

 というものを、目撃者なり、自分のアリバイの証明者であったり、偽の犯人に繋がる意見を話す人物に仕立て上げることで、警察の捜査を混乱させ、いくつかの、繋がりがありそうに見えて、かすってはいるが、警察の中で、決して関連があるという状態で事件に絡むということがないようなことにしてしまう。

 そんな犯罪をそれぞれが作り上げようとしているのであれば、

「これは果たして偶然と言えるものなのか?」

 と考えるのであった。

 さらに、迫田刑事が考えたこととして、

「誰も真ではいない」

 ということを考えた。

 というのは、

「実はまだ、ここまでというのは、小説でいうところの、起承転結でいう、承の入り口くらいではないか?」

 ということであった。

 だから、

「本来、一つとなるべき犯罪は、まだ表に出てきておらず、登場人物誰もが、結末を知らない状況ではないか_-?」

 と考えるのだ。

 これは、逆にいえば、

「まだ何とかなる」

 ともいえることで、

「犯罪が完成されれば、元々の偶然が大きいだけに、ひとたび起こってしまうと、完全犯罪を形成してしまう」

 ということであり、もし、そうなると、

「防ぐことのできない犯罪となるのではないか?」

 と考えるのであった。

 そして、今のところの、

「犯罪の抑止力」

 として、

「脅迫」

 というキーワードが残っているのかも知れない……。


                 (  完  )

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抑止力のための循環犯罪 森本 晃次 @kakku

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