エイリアン不動産
コラム
***
空にはタイヤのない車が浮かび、その下には様々な容姿をした者たちが歩いている。
その者たちは人型から爬虫類のような姿、さらには三、四メートルはありそうな巨人や物質としての定形を持たない、不定形精神体など大昔では考えられないような人たちだ。
ここは銀河世紀0099年の地球――コズミック·トーキョー。
今日も多くの宇宙人が仕事や観光でやってきては、
そんな時代に、古臭いシステムで運用されている店があった。
それは客と対面して物件を紹介する店――不動産屋だ。
「おはようございます、ウェルズさん!」
「おはよう、シンイチ。今日も元気だな、お前さんは」
七三分けの髪型をした純朴そうな青年――シンイチが、店に入るなり声を張り上げると、中にいた白髪頭に髭を生やした男――ウェルズが挨拶を返した。
この店は彼ら二人で運営している宇宙人専門の不動産屋――その名もエイリアン·ホーム。
今や住宅探しはAIによって見つけることができるが、宇宙人が地球に来るようになってからは、未だにこの店のような旧来の不動産屋は重宝されている。
その理由はもちろんコミュニケーションから、その物件を詳しく知るためだ。
あと慣れない環境にAIでは気が付かないアドバイスなどもほしいのもあって、人類がいくら発展しようと、エイリアン·ホームのような不動産屋は現在も生き残っている。
「じゃあ、そろそろ開店の時間なんで店を開けちゃいますね」
シンイチはテキパキと動き、開店の準備を終えて店を開いた。
彼は新米従業員で、宇宙人と関わる仕事がしたいと思ってエイリアン·ホームに就職した若者だ。
そしてそんなシンイチを雇ったのが、エイリアン·ホームの社長であるジョージ·ウェルズ。
ウェルズは宇宙人が地球に来るようになった黎明期からこの店をやっている、いわば大ベテランである。
そんな二人が営むエイリアン·ホームには、今日も様々な宇宙人が来店するだろう。
「いらっしゃいませ!」
開店後しばらくすると、早速、二人の客がやってきた。
それは種族でいうとショートグレイとトールグレイという宇宙人。
一昔前に知られたグレイという“宇宙人”という概念を現すアイコンとして知られていた種族だ。
両方ともアーモンド型の黒目がちな丸い目、華奢な胴体に不釣り合いな大きい頭、指は3〜4本しかないのが特徴で、ショートグレイの大きさは一メートルほど、一方トールグレイは倍の二メートル以上ある。
従業員二人にしてはやけに店内が広いのは、こういう体の大きなお客さんが入るためだ。
「今日はどのような物件をお探しですか?」
シンイチがはきはきと訊ねると、ショートグレイのほうがテレパシーを彼に送った。
最初こそ違和感があったものの、今でもシンイチも慣れたもので、フムフムと真剣な表情でテレパシーを聞いている。
「仕事で短期間での滞在ですね。しかも二人で同じ部屋に住みたいと。でしたらこちらなんかはどうでしょう?」
シンイチがパチンと指を鳴らすと、何もない宙に画面――ホログラムが現れた。
グレイたちは、ホログラムを見ながらなにやら相談を始め、この部屋を直接見たいと言ってきた。
話を聞いたシンイチは、早速、外にあるタイヤのない車に乗るため、グレイたちと店を出ていく。
「じゃあ、今から内見いってきますね」
「おう。自動運転だからって気を抜くなよ。ちゃんとシートベルトは忘れずにな」
「もちろんですよ」
シンイチはニッコリと微笑みを返し、グレイたちを連れて内見へと向かった。
その後、グレイたちはシンイチに紹介された部屋をいくつか見て、契約を決める。
だが今回は上手くいったが、やはり相手は宇宙人。
新米であるシンイチには相手の望む物件を紹介できないこともある。
「いつまで気にしてんだよ」
ウェルズは、わかりやすく落ち込んでいるシンイチに声をかけた。
シンイチはうーんとうなりながら社長に返事をする。
「だってさっきのお客さんの意図がぜんぜんわからなくて、結局ウェルズさんに助けてもらったんですもん……」
先ほど来店した客はシリウス星人だった。
シンイチはいつものように物件を紹介したのだが、どうも反応がよくなく、困ったところウェルズが助け船を出した。
ウェルズはシリウス星人が水中環境を好み、イルカやクジラなどを愛していることを長い経験から知っていて、お客さんに海の側にある物件を紹介したのだ。
というわけで、相手の望む部屋を紹介できなかったシンイチは激しく落ち込んでいたというわけだ。
「お前はまだ新米なんだから、これから覚えていけばいいじゃねぇか。そのためにオレがいるんだしな」
「でもボク……結構、自信あったんですよ。宇宙人たちのことならなんでもわかるって……」
励ましても立ち直らないシンイチに、ウェルズはため息をついた。
そして彼の肩をポンッと叩くと、穏やかな声で言う。
「自分が知っているとか知っていないかよりも、まずはお客さんのことを考えてみな。それがこの古臭い客商売のやり方だぜ」
「ウェルズさん……。はい! 次こそはお客さんのことを考えて物件を紹介しますね!」
こうして立ち直ったシンイチの前に、新たなお客さんがやってきた。
それはアルファ星人ドラコニアンの男性と、元々地球に住んでいたといわれるレプティリアンの女性のカップルだ。
二人はどうやら、これから地球で同棲を始めるようで、その部屋を探しに来たようだった。
アルファ星人ドラコニアンの容姿は、長い尻尾、身長は約六、七メートルあり、平均体重は八百キログラム。
背中には翼が生えていて、恐竜のような顔をしている。
名前から連想できるようにドラゴンのような風貌だ。
一方で恋人であるレプティリアンは、身長は二メートルほどで、緑色のうろこで蛇のような目をしている爬虫類系である。
シンイチは別の星の者同士が恋人なんてロマンティックだなと思いながら、早速、反応の良かった物件の内見へ行くことにする。
だが物件に到着後、事件は起こった。
なんと部屋を見て話しているうちに、ドラコニアンとレプティリアンのカップルがケンカを始めたのだ。
「なんでお前はいつもそうなんだよ!? 俺がそれでいいって言うと突っかかってきやがって!」
「そうやってすぐに声を荒げるんだから! 大体あなたがちゃんと考えてないからでしょ!? もう私たち二人だけじゃないの、お腹に子もいるのよ!」
二人のケンカが激しくなっていく中、シンイチはどうしたらいいかわからなくなっていた。
相手は客で自分は不動産屋だ。
ケンカは止めたいが、お客さんのプライベートに口を挟むのはどうかと、シンイチが頭を悩ませていたとき、ふとウェルズの言葉を思い出した。
――まずはお客さんのことを考えてみな。
そのときの言葉を頭の中で繰り返すと、シンイチは決意を新たに、笑顔でカップルに声をかける。
「あの、これからお子様が生まれてくるのなら、子ども部屋がある物件などを見てみませんか?」
シンイチの一言で、ドラコニアンとレプティリアンのカップルは我に返った。
そうだ、こんな風にいがみ合っていたら、これから生まれてくる子供が悲しむと、互いに恥ずかしそうに笑みを交わし合っていた。
この出来事の後、ドラコニアンとレプティリアンのカップルはシンイチの紹介した物件に住むことを決め、事態は丸く収まったのだった。
「おい、シンイチ。さっきあのドラコニアンとレプティリアンのカップルから連絡があったぞ」
店を閉める時間となり、シンイチが閉店作業していると、ウェルズが声をかけてきた。
何かあったのかと慌てたシンイチに、ウェルズは笑顔で口を開く。
「まず子供のことを第一に考えるべきだと教えてくれてありがとうございました、だとよ。やるじゃねぇか、シンイチ」
「いやいや、ウェルズさんが助言をくれたおかげですよ」
「なにをいっちょまえ謙遜してんだよ。まあなんだ、店を閉めたら飲みに行くか? もちろんオレのおごりでな」
「本当ですか!? いつもありがとうございます、ウェルズさん!」
こうやって今日もまた宇宙人専門の不動産屋――その名もエイリアン·ホームは、続々と地球へやって来る宇宙人に物件を紹介していく。
彼らのような人間がいる限り、対面での仕事がなくなることはないだろう。
何故ならば宇宙人が来るようになった現在でもまだ、こうして求められているのだから。
〈了〉
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