【KAC20242】不動産会社の面接

阿々 亜

不動産会社の面接

「うーん、なるほど……」


 放課後の教室で生徒たちが三々五々帰路についているなか、瀬名孝志せな たかしはスマートフォンで就職情報サイトを見ながら唸っていた。

 彼は今年高校3年生で、就職活動を始めようとしているのだ。


「よし」


 孝志は意を決し、立ち上がって、後ろの方の席に座っている二人の同級生、坂田祐一さかた ゆういち沖田敦おきた あつしに声をかけた。


「なあ、ちょっといいか?」


 孝志の呼びかけに二人は振り向いた。


「実は、俺、不動産会社を受けようと思ってるんだ。それで、面接の練習をやっておきたいんだ」


 孝志の言葉に、二人はすぐに納得した様子で立ち上がる。


「不動産会社となると、やっぱり物件の内見か……」


 祐一が思わぬことを言い出し、孝志は怪訝な顔をする。


「ん? 頼みたいのは面接の練習なんだけど……」


「よし、じゃあ早速始めよう。俺は内見に来たお客さんの役をやるよ」


 孝志の反応を全く気にすることなく、敦はやる気を出してぐるぐると腕を回す。


「いや、だから……」


「じゃあ、俺はナレーションやるよ」


 そう言って祐一はくいっメガネと押し上げる。


「いや、ナレーションて何だよ?」


「わあ、素敵なお部屋ですね!?」


 孝志のツッコミを全く気にせず、敦が女性っぽい声色で演技を始める。


「いや、だから……」


「女性の名は小池里帆こいけ りほ。この春卒業を控えている女子大生である」


 敦がくねくねと演技をし、祐一がクールな口調でナレーションを入れる。


「うわ、ほんとにナレーション始めた……」


「そして、就職先に近いこの物件の内見に来たのだ」


「わたし、このお部屋とても気に入りました!! お家賃はおいくらですか!?」


「え、俺に聞いてるの!?」


 二人の小芝居にいよいよ孝志も巻き込まれる。


「男の名は瀬名孝志。不動産会社の新米営業マンである」


「あー、俺が営業マンていう設定なのね……」


「お家賃はおいくらですか!?」


「えーと……」


 答えに詰まっている孝志に、祐一がボソリと耳打ちする。


「4万4千円」


「4万4千円です……ちょっと安過ぎね?」


「このお部屋でその額は安いですね!! 決めました!! わたし、このお部屋に……」


「ばう゛だぁぁぁ〜ずの゛ぉぉぉ〜っ!!」


 契約が決まりかけた矢先、突然祐一が大声で歌い出した。


「なんだよ、いきなり!?」


 祐一はいったん歌をやめ、状況を解説する。


「この部屋の隣に住む男の名は田中四郎たなか しろう。売れないロックミュージシャンである。田中は部屋で一日に何時間もド下手くそな歌とギターの練習をして、近隣から苦情が殺到しているのだ」


「いや、トラブル物件じゃねーか!? 安いと思ったらそういうことかよ!!」


 祐一は全力でツッコむ。


「べーい゛!! い゛ぶ い゛〜ぶん ま゛い゛ばーど〜……」


「私、こんな騒音耐えられません!!」


「客は騒音に耐えかねて帰ろうとしている。だが、瀬名は不動産営業マンとして、なんとしても契約をとらねばならないのだ……わ゛ず だい゛ど ぼわ゛い゛ど〜!! 」


 祐一はひどい歌を奏でながら、合間で器用に解説を加えていく。


「いや、無理だろ!! 誰がこんな部屋住むか!?」


「そこで、瀬名の携帯に着信が入る」


 祐一の解説に合わせて、本当に孝志の携帯に着信が入る。


「相手は瀬名の上司だった」


 よく見ると、敦が少し離れたところで自分の携帯から孝志の携帯に電話をかけてきていた。


「これ、出ないと話が進まないやつか……」


 孝志は仕方なく電話に出る。


「あー、瀬名くん? 今、内見に行ってる部屋なんだけど〜、たった今別口で契約決まっちゃったから、お客さん連れてもどってきて〜」


「決まったの!? 嘘だろ、誰が住むんだよこんな部屋!?」


 全力で叫ぶが、祐一と敦は何処吹く風で近くの席に座る。


「全然ダメだな……」


「お前、そんなことで不動産営業マンが務まると思ってるのか!?」


 祐一と敦は冷たい視線を孝志に浴びせ、ダメ出しをする。


「いや、無理だろ、こんな部屋!! まず、その売れないロックミュージシャンなんとかしろよ!!」


「売れない物件を売る!!」

「それが不動産営業マンだ!!」


 そう言って二人は斜に構えた姿勢からカメラ目線のポーズを決める。


「いや、お前ら不動産営業マンの何を知ってるんだよ!?」


「さて、次のシミュレーションに移ろう」


「いや、そもそも、なったあとのシミュレーションじゃなくて、採用面接の……」


 孝志はおずおずと二人の間違いを正そうとするが、構わず二人はまた演技に入る。


「わあ、素敵なお部屋ですね!?」


「女性の名は小山里沙こやま りさ。この春卒業を控えている女子大生である。就職先に近いこの物件の内見に来たのだ」


「名前ちょこっと変えただけで、さっきとキャラ設定一緒だな!?」


「わたし、このお部屋とても気に入りました!! お家賃はおいくらですか!?」


「えーと……」


 孝志はまた困って、祐一の方に視線を向ける。


「4万4千円」


「さっきと一緒じゃねーか……」


「このお部屋でその額は安いですね!! 決めました!! わたし、このお部屋に……」


 そこで祐一が静かだがよく通る声で、擬音語を発し始めた。


「ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ……」


「今度はなんだよ……」


 何が起こっているのか孝志は戦々恐々とする。


「きゃー、このお部屋、雨漏りしてるじゃないですかー!?」


「いや、瑕疵物件かしぶっけんかよ!?」


「客は雨漏りに我慢がならず帰ろうとしている。だが、瀬名は不動産営業マンとして、なんとしても契約をとらねばならないのだ」


「いや、それ、ダメだろ!! お前、不動産営業マンを何だと思ってるんだよ!!」


 極めて尤もなツッコミだが、全く気にせず祐一は再び歌い出す。


「ばう゛だぁぁぁ〜ずの゛ぉぉぉ〜っ!!……この部屋の隣に住むの男の名は田中四郎。売れないロックミュージシャンである」


「いや、さっきと同じ部屋だったのかよ!? 契約決まったんじゃなかったのかよ!?」


「この部屋は一度入居が決まったが、入居後に雨漏りと騒音トラブルが発覚し、住人はすぐに退去したのだった」


「隠してたのかよ!? 完全にアウトだろ!!」


「そこで、瀬名の携帯に着信が入る。相手は瀬名の上司だった」


 またも敦が携帯で電話をかけてきていた。


「あー、瀬名くん? 今、内見に行ってる部屋なんだけど〜、たった今別口で契約決まっちゃったから〜」


「またかよ!! お前ら絶対、雨漏りと騒音のこと隠してるだろ!?」


 二人は先程と同じように席につき、孝志に罵声を浴びせる。


「全然ダメだな……」


「お前、そんなことで不動産営業マンが務まると思ってるのか!?」


「いや、マイナス情報隠して契約取るとか、完全にアウトだろ!! さっさと雨漏りと売れないミュージシャンなんとかしろよ!!」


「売れない物件を売る!!」

「それが不動産営業マンだ!!」


 そう言って、二人は先程と同じキメポーズをとる。


「いや、それ、もういいよ!! お前らの不動産営業マンのイメージどうなってるんだよ!?」


「さて、次のシミュレーションに移ろう」


「いや、だから、内見のシミュレーションじゃなくて、採用面接の……」


「わあ、素敵なお部屋ですね!?」


「聞けよ!!」


「女性の名は小田里恵おだ りえ。この春卒業を控えている女子大生である。就職先に近いこの物件の内見に来たのだ」


「そんで、やっぱ、設定一緒だな!!」


「わたし、このお部屋とても気に入りました!! お家賃はおいくらですか!?」


「どうせ、4万4千円だなんだろ!?」


「このお部屋でその額は安いですね!! 決めました!! わたし、このお部屋に……」


 そこで敦が床を見て、なにかに気がついたような演技をする。


「なんですか? これ……、床におおきな赤黒い染みが……」


 その内容に孝志はそこはかとなく嫌な予感がした。


「まさか……」


 怯える孝志に、祐一が冷たく真実を告げる。


「この部屋は1週間前、殺人事件があったのだ」


「あーっ!! やっぱり事故物件かよ!?」


 頭を抱えてうずくまる孝志に、祐一と敦はさらに追い打ちをかける。


「ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ……」


「きゃー、しかも、このお部屋、雨漏りしてるじゃないですかー!?」


「そんで、やっぱり同じ部屋なのかよ!? てことは……」


 どうせまた祐一が歌い出すのだろうと身構えるが、祐一は静かに立っていた。

 そして、涙を拭うような仕草をしながらナレーションを続ける。


「この部屋の隣に住んでいた男の名は田中四郎。売れないロックミュージシャンであった。だが、騒音に耐えかねたこの部屋の住人が彼を部屋に招き入れ、殺してしまったのだ」


「殺されたの田中だったー!!」


 衝撃の展開に、孝志は今までで一番激しく絶叫した。


「もういい加減にしろよ!! 俺は、内見の練習じゃなくて、採用面接の練習をしてくれって言ってるんだよ!!」


 孝志は叫び疲れてぜえぜえと息をついている。

 そんな孝志をよそに、祐一と敦は無言で机を2つ繋げ、席につく。


「売れない物件を売る」

「それが不動産営業マンだ」


 何度も繰り返してきたことばだが、二人は今までと違って落ち着いた口調だった。

 二人の様子に孝志は怪訝な顔するが、その後の言葉で全てが繋がった。


「瀬名孝志君、ここまでのやりとりでよくわかったが、君には不動産営業マンとしての資質がない」

「残念ながら、君は不採用だ」


「いや、ここまでずっと採用面接だったのかよ!?」




 不動産会社の面接 完

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