本編2

柏手が合図のように、奥の木の影からあの男の子がひょっこり現れた。


「うわぁぁぁーっ」


さっきののっぺらぼうの顔の恐怖から、思わず目をつぶる。


「どうしたの?急にいなくなるからびっくりしたよ。ねぇ、僕のスマホ早くみつけて」


はっきりとその子の声が聞こえる。


ちょっとまって


のっぺらぼうで口がなかったらしゃべれないよね?きっと。


おそるおそる目を開くと、そこにはかわいらしいあどけない顔のあの男の子がいた。


よかった…人間だ…


「ちょうどこの神社に僕も来たんだよ」

「それならあるといいね。奥の方も探してみよう」


妖怪神社内には、壁に死神が飾られている。

鳥取県西部地震の際に被害を受け止めてくれたといわれ、厄災の身代わりになってくれるありがたい存在として、地元では大切に崇められている。


「…ねぇ、人は死んだらどうなると思う?」

死神を見て、その子は言った。


変なことを聞く子だな

そう思ったけど、僕は答えた。

「さぁ、わかんないけど、消えてなくなっちゃって、この死神があの世に連れていってくれるのかな」

「…そんなわけないよ。人は死んだってそう簡単に消えたりしないよ」

「そうなの?なんでわかるの?」

僕の問いかけに、その子はニヤッと笑って言った。


「だって、僕がそうだから」

「えっ?またまたそんな冗談…」

目の前にいるその子は肌の色も血色いいし、身体も透き通ってるわけでもないし、そのまんま人間にしか見えない。


「生きてる人間と死んでる人間なんて紙一重なんだよ。君だっていつ車にひかれたり、悪いことする人に刺されて死ぬかもわからない。生きてることは当たり前なんかじゃない、奇跡なんだよ」


紙一重って…

僕より子どもなのに、なんだか難しい言葉を使うんだな。

テレビのニュースでその言葉が出ていて、お父さんに意味を聞いたことがある。

その境目は本当にわずかだけど、それぞれの意味は全く違うことだって。


じゃあ生きてる人間と死んでる人間が紙一重っていうのは?

生きると死ぬは全く反対のことだけど、

その境目はごくわずか。

生きてる人間もいつか死ぬけど、

死は隣合わせってこと?


たしかに戦争とかしてる国ならそうだけど、

平和な日本ではそんなことないと思うけど…。


その子が話し始めると、そのからだは徐々に変わっていった。

肌は青白くなり、ゆがみ、赤い血が目や口から流れだした。


「夏休みに入る前だった。僕は買ってもらったスマホがうれしくて、ゲームがおもしろくて夢中になって、歩きながらずっとスマホばかり見てたんだ。夕方薄暗くなってきた頃、僕はいつの間にか歩道を外れて道路の真ん中で立ちどまってしまって、曲がってきた車にはねられて死んじゃった。即死だったって警察の人がいってた。最後に見えたものは、大好きなスマホの画面じゃなくて、自分に向かってくる大きな白い車だったよ」


キキーーーーー!!

バーーーーーン!(車の急ブレーキと、人をはねてぶつかる音)


「知ってる?人間が車とぶつかるとねぇ、すごく大きな音がするんだよ…。小さな僕のからだは人形みたいに宙を舞って、ドサッと大きな音のあとは骨が折れる音がグシャッと…」

「やめろっ、もうやめてくれーーーーー!」


ゾンビのような姿のその子が恐ろしい顔で追いかけてくる。

ありえない方向に曲がった足を引きずりながら。

その足では走れるはずもないのに、両腕を使ってすごい速さで僕に迫ってくる。


ズンズンズンズン

シュルシュルシュルシュル


風をきるスピードと、

ビリビリの洋服が道路にこすれる音が不気味に響く。


都市伝説でこんなの聞いたことある!

高速道路で上半身だけで追いかけてくるとか。

ただの作り話と思えば笑えるけど、

目の前で実際その姿の人の形の人ではない者に追われたら、怖すぎて足がもつれて思うように動けない。


まって…

 まってよ…


頭の中に直接響く低くこもった声。

さっき魔での無邪気な男の子の声じゃない。


バクバクバクバク


心臓の鼓動が早く脈打つ。


もう早く帰りたい

お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃん助けて


そんなふうに僕は思うけど、

そうか

この子はもう

家にも帰れないんだ

家族にもあえないんだ


死ぬってそういうことなんだ

何もかもなくなってしまう

事故なら特に一瞬で


好きなこともできなくて

つらいよね

こわい、死ぬことは


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい


僕は君のスマホも見つけられなかったし、何もできない助けることもできない。


怖くて泣きながら走っていると、いつの間にか海の方へ来ていた。


ザザー…

 ザザー…


波の音が聞こえる。


海鳥の鳴く声。羽ばたく音。


普段と変わらない光景に、やっと気持ちが落ち着いてきた。


ふと道の端を見ると、お花やお菓子が供えられていた。


あぁ、そうか。

ここがあの子が死んでしまった場所なのか。

あの子が好きだと言っていた、ゲームのキャラクターの小さなぬいぐるみも置いてあった。


僕はしゃがんで、手を合わせた。


きっとあの子はスマホに夢中になって道をふらふら歩いていた僕に、

自分と同じ目に合わないように、

それはあぶないからやめて、

と天国から教えにきてくれたんだと思う。


「これからはあぶないことはしないで、安全に楽しく遊ぶようにするよ。君も見ててね」


目を開けると、あの男の子が少し離れた場所に立っていた。

血まみれの痛々しい姿ではなく、かわいらしいあどけない男の子に戻っていた。


その子はほっとしたように微笑んで、

スー…

と消えていった。


生きてる人間と死んでる人間は紙一重


あの子がいった言葉が、僕の心に残っていた。


境界線はいろんなところにある。


桁が増える9歳と10歳

海と陸

そして生者と死者


近いところにあって、

すぐ隣のような気がするけど

全く違うもの。


時の流れも

生から死へも

一方通行で戻れないから。


時間もいのちも

大事にしないといけない。


僕はそう気づいた。

そしてこの夏の恐怖体験を、

きっとずっと、忘れない。


-完-


妖怪参考出典

水木しげる決定版日本妖怪大全





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生者と死者の境界線 風間きずな @kazama_kizuna

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