第82泳

 グリンとリムの冒険の目的はこうして果たされた。ついでにリムの魚種までもが分かり、二人にとって実りある旅となった。


 せっかくここまで来たからと、二人はお宝を探してマリンに持って帰ることにした。

 ナンデモミルはまるでグリンとリムに会わなかったかのように、また元通り、床の絵に向き合い始めた。気の利いた言葉はないし、講釈もない。

ただし、別れの挨拶だけはあった。礼を言う二人に、スキンヘッドの後頭部を見せながら、声だけを届けたのだ。

「じゃあね」


 赤や青の線が入った布を背中にかけ、肘のあたりで結んだグリンの背中には、いつも通りにリムが隠れている。マリンにお土産を探すのにウツボなどと遭遇してはいけないから、ガサゴソとそのあたりを探索する際にも、リムは守られたままなのだ。


 突然、海面近くから聞いたことのある声がした。ハンゾーの呼びかけだった。

「何やってんだい。ナンデモミル先生には?」

「会えたよ! 日向ぼっこのしすぎだって」

 リムがグリンの代わりに、口元だけを布からのぞかせて答える。


 聞けば、ハンゾーは北の海の調査に行くのだという。

「北の海には、結局何が起こっているのかな?」

 グリンがそう聞くと、ハンゾーはリムにおやつを与えながら、ため息をついた。

「みんなそれが知りたいんだよねえ。ここだって、何に使うのか分かんないものだらけなんだよねえ。あれなんか、どれもからっぽなんだよねえ」

 そう言うと、白く突き出て天を指している、無数の入れ物を指す。


 グリンとリムはあたりを探索することに決めた。旅の道具を用意してくれたマリンに、お土産を持っていきたかったのだ。


 壁に開いた穴の向こうに、良い物があった。銀の棺のように重くて四角く、取っ手がついているのに開かない金属だ。

 本の遺物でもありそうだと、グリンが思い切って左手でなんとか頑張って壊してみると、意外なことに、さらに小さな箱が入っている。

 宝石入れのようなその小さな箱の中には、黄色と緑色に輝く石がある。それがほんのりと、やわらかく光る。グリンはこの不思議な光を、言いようもなく暖かく、どんな宝石よりもきっと、綺麗だと思った。


 地上を闊歩した生物のうち賢い者たちは、海の底に、宝物をたくさん手放したのだった。それは今でこそ高熱を発しているが、だんだんと海に浄化され、長い年月をかけて、ただの岩同然となる運命にある。

 グリンが拾ったのはそのカケラだ。集めると熱を出すその性質を利用するために、地上の生物たちはそれを集めていたのだ。

 彼らの遺跡のひとつはこうして、人魚のお土産になったのだった。


 このまま二人は、あの人魚の街を経由して帰る。


 そしてグリンの暮らしていた、あの谷の近くにサンゴの胞子をたくさん集めて、大きく育てようというのだ。


「ようし、グリン。おれの設計で頼むよ」

「しっかりよろしく」

 そう言って、グリンもリムも明るく笑った。


 ところが、不意に心配になったリムが、口を尖らせて言った。

「でもおれ、設計なんかはじめてだ!」

「ずっとしてくれてただろう。僕の海藻の美容師だ」

 不安のなくなったグリンはさらに笑って、もう一言付け加えた。

「それに、いくら間違えても平気さ。海は広いんだ」


 リムはこれまでの冒険のことを思った。確かに、海は広い。豪邸をいくら作ろうとも、砂さえ使い切れないだろう。

「おれ、よくよく考えてみるよ!」

 リムは希望に目を輝かせて言った。


 仲良しの二人は、これから南へ下っていく。


 リムを含むベラ科の魚が、砂に埋もれて眠るようになったのは、この大冒険の記憶が身に息づいているからに他ならない。


 みにくい男の人魚のはなし、これでおしまい。


  おしまい!

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みにくい男の人魚のはなし 谷 亜里砂 @TaniArisa

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