第81泳

 そんなグリンもこの人魚の、次の一言にはびっくりさせられた。


「ナンデモミルです。よろしくどうぞ」


 甲高い声でその名前を聞いたとき、グリンは飛び上がるような気持ちがしたし、リムは実際に布の下から飛び上がって、二人ともナンデモミルを見つめた。ナンデモミルは、びっくりしている二人にびっくりして、小さい目をにわかに丸く開いている。


 二人とも、遺跡の中でも端の方の、こんなところで一人、体を突っ込んで夢中になっているとは思わなかったのだ。調査というものはなんでも地道なものだから、ナンデモミルがどこの床の絵に夢中になっていてもおかしくはないのだが、奇跡といえばこの広い海で、ようやくこの人物に会えたことだろうか。


 そのような奇跡的な事態にも関わらず、グリンの方はまだ、医師・ナンデモミルに会う心の準備ができていなかった。まだ時間がかかると思っていたし、話しかけるその一言も考えついていなかった。


 驚きのあまり固まってしまったグリンを見て、リムは自然に口を開いた。

「先生、グリンの背中に海藻が生えてるんです。悪い病気でしょうか? おれのことは食べないでください。グリンの友だちですから」

 こうして言うべきことは全てリムが言ってくれ、ナンデモミルが海藻をつまんだり、かきわけたりしているときも、リムはグリン以上にドキドキしていた。


 ナンデモミルはにっこり笑って背中から顔を上げると、心配そうに見守るリムを向いて、「こんな簡単なこと」というような、安心させるような、目にそんな表情をつけながら言った。


「や、日向ぼっこのしすぎ」


 リムは興奮のあまり、プルプルと小刻みに尾やヒレを震わせた。

「そ、それじゃあ、グリンは、大丈夫なんですね!?」


「海藻、とれるよ。とる? ひっぱるだけ」

 ナンデモミルがグリンの海藻をひっぱりかけると、情けなくこう叫んだのはグリンの方だった。

「とらないでくださーい!」


 陽気さを顔いっぱいにして、ナンデモミルは笑って言った。

「それにしても、アカボウのリムくん、良い餌場があって良かったね」

 リムとグリンは顔を見合わせた。リムはベラ科のアカボウという魚だったのだ。


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