第80泳

 緑色の小高い森のうち、人魚たちが苔をとりはらったと見えて、白い棒状のサンゴをいくつも刺したような建築物があった。

 その近くの壁面には楕円の上半分状の穴がいくつも開いているのだが、その中に銀色のウロコが光ったのだ。人魚の尾である。

「リム、誰かいるよ」


 さらに接近してみると、壁の中に広がる部屋の中にはよく光を反射するウロコを持つ、一人の人魚がいる様子だ。グリンはこわごわ声をかけた。

「ごめんください」

 しかし返事はない。顔を入れて覗き込んでみると、尾の先をかすかにピクピクさせて、うつぶせになった人魚がいる。その魚の部分はやけに丸いが、潰されたように平らだ。

 一枚の鏡のようにキラキラとウロコを光らせて、グリンはその人物が眠っているのかと思った。


「どうしたの、グリン」

「いや、昼寝中かもしれない。起こすのは悪いな」

 うつぶせになっている人魚の顔は、向こう側を向いているからよく見えない。グリンはナンデモミルの居場所を尋ねたくて、諦め悪く、もう一度よくその人魚に目をやった。

 すると、なにやら手を動かして、床をいじいじと掘っているようなのだ。


 その人魚は恐るべき集中力で、まるでイヤホンをしているかのように周りの声が聞こえずにいたのだ。そして幸運なことに、ちょうどその集中が切れた。


 毛が一本もないハゲ頭の人魚は体を起こすと振り向き、覗き込むグリンとパチンと目が合った。二人の人相は、驚くべきことにそっくりである。瞳の色だけが、グリンは真珠、スキンヘッドは深い黒の違いがある。


「やっ」

 予想外に甲高い声である。スキンヘッドが短く挨拶して、ニコッと笑った。グリンに酷似した顔でも、愛想よくできるのだ。

「どうも。お尋ねしたいこと、ありまして」

 グリンも頑張ってにっこりするよう努めると、自己紹介をした。リムは友人の肩越しにスキンヘッドの人魚を観察しながら、こんな偶然があるのだろうかと考えた。しかし、グリンに手だけが似ていたり、髪だけが同じだったりする者も時々見かけたのだし、顔がそっくりな場合であっても、そう奇跡的な出来事とはいえないのかもしれない、というようなことを思った。

 実はグリンの方は、スキンヘッドの人魚の顔付きにはそう驚いてもいなかった。理由は簡単で、おしゃれに興味のないグリンは鏡を見ないから、自分にそっくりだとは思わなかったのである。


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