第54泳

「ねえ、グリン!」

 リムは本当に嬉しかった。背中の布の下、グリンによく話しかけた。グリンというと、大都市リュウキューウの大まかな形が掴めたし、海藻にも医学にも精通する医者・ナンデモミルという不足のない人物の家までを知れたことで、表情には分かりにくいが、勢いづいていた。


 海藻のことは不安要素だが、リムが手入れをしていると分かって、ひとまずは安心といったところだ。

 今回の旅では、海の流れが変わっていた。コンパスの示す北へ向かう海流を探して、海面近くや底の方を行ったり来たりしたまでは良かった。

「リム、嵐になる」

 グリンは慌てた。

 視界いっぱいには、緑色の苔か砂地を露出させた海底が待っている。身を隠せそうな都合の良い岩場がない。そうこうしているうちに、海水を巻き上げて、大きな雲が厚く光を閉ざしはじめる。


「仕方ない。ここでやりすごそう」

 グリンはそう決めて砂地の方へさっと降りると、自分の体がすっかり入るくらいの縦長の穴を掘った。それから下半身を埋めると、髪を触って接着剤で団子を作り、あっというまにリムの避難小屋を成形し、胸に抱えた。


 貝のように閉じた手の中の、さらに避難小屋の中、リムが言う。

「どうなるんだ?」

「嵐が過ぎるまで、砂の中でやりすごすよ」

 みるみるうちに荒れてきた海が砂地を乱暴に撫でまわし、やがてグリンはすっぽりと、頭まで砂に覆われてしまった。丸く手を合わせた男の人魚は、砂の中で猫背になって、祈る恰好で固まったのだった。


「すごいぞ、すごいぞグリン!」

 リムは興奮して叫んだ。砂の中に、雷がピシャンと海面を打つ音が響く。

「潜れば、怖くないな! こんな嵐の過ごし方があったんだ!」

 グリンの顔には砂が直に触れているが、唸ることで相槌を打っていた。


 真っ暗なこともあって、リムはやがて眠りに落ちた。その日の嵐は激しいもので、海を濁らせ雷がとどろき、雨になった水がまた海に還ってくるというお決まりの流れをしつこく繰り返した。

 しかし人魚も小魚も、わりあい深い砂の中で、ぐっすり眠っていたわけである。


 何もない海であることが、さらに幸運だった。ここには崩れる岩場のような、重いものはないのだ。積もるのは砂ばかりだ。

 嵐が過ぎ、静かな海が戻ってきた頃、人魚の男は体をもぞもぞと動かして出てきて、起きたばかりの猫のように伸びをした。

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