第53泳

「グリン、おれは大きくなってるんだ。ねえ、地図もあることだし、迷わずに大都市リュウキューウの、オンドロ峡谷のナンデモミル先生に会えるよ」

 リムは、グリンの顔を見ながら言った。それで、一緒に連れていってとせがむつもりだったが、友人の顔を見ているうちに、また困らせてはいけないと思い直した。

「いいや、おれ、今度はわがまま言わずに、ちゃんとどこかで待ってるよ。本当は一緒に行きたいけど」


 グリンは考えた。無表情に見えるが、たくさんの考えが巡っていた。自分の背中から海藻がなくなることを考えたが、その後もリムを連れて海を巡り、住みかを探してやってもいいと思っている。


 リムがいつのまにか大きくなっていることも、魚の成長は、海藻の生長より遅いことも考えた。

 生長著しいはずの海藻が茂らずに留まっているのは、リムが新しく生えてきた部分を手入れしているおかげであることに気が付いた。

 大都市リュウキューウに行くあいだ、リムが安心して待てる場所といえば、きっとマリンの家の他はないだろう。

それでも、マリンに当てられた場合は気付けの魔法を受けねばならないし、第一、マリンとシズルが急に家を空ける用事ができるかもしれない。食事を置いてくれていても、人魚の時間感覚の前で飢えかねない。


 ナンデモミルがいるオンドロ峡谷は、幸運にも森の外輪部分にある。迷わず行けば、危険も少ない。うろうろと大都市に聞き込みをしながら行くのとは、わけが違うのだ。


「リム、一緒に行ってくれないか。大都市リュウキューウに。リムさえ良かったら」

 言い終わらないうちに、リムはぴゅんと手から飛び上がって、きゃっほう、とグリンのおでこにパチンと尾を当ててみせた。

「まあ。なんて愛らしいの」

 マリンの方をリムが振り向く前に、グリンは上手にリムを背中の海藻の中に押し込んだ。


 こうして、グリンとリムは再び、街を出発する。

 今回のお土産はもう一つあった。ユキの肖像画だ。うつぶせに寝そべり、頬杖をついて、尾を高く上げたシャチホコのようにした、見るも優雅な絵である。金髪が光に透けるように輝き、あでやかな赤い髪留めをさしていて、化粧にも赤が取り入れられ、ウロコを染めて模様を描いてある。

「ユキちゃんね、今は地下で合宿中なの。友だちもできて、楽しそうなのよ」

 マリンは目を細めて、楽しそうに言った。


「ユキ、頑張っているんだな」

 グリンはユキのブロマイド的な肖像画と、大都市リュウキューウの地図を畳んで、腰のポシェットに入れた。気付け薬が入ったビンと、コンパスと紹介状まで入ると、伸び縮みする材質のポシェットにゆとりはない。


「じゃあね、おれはグリンの海藻をきちんと切ってやるんだ! これ以上ひどくならないように!」

 仕事を認めてもらえて誇りにしたリムは、浮足立つ心を何度かそう言葉に乗せた。


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