第52泳
人魚は基本的に親切で、自分の用事がなければ他人を助けることを厭わない。知らない人魚にも助けを請うし、知らない人魚に手を貸してやることくらい、なんでもない。
長寿が約束され、病気も滅多になく、食事を摂るために戦う必要のない生き物が、ゆったりとした時間軸で広大な心を備えるのは当然といえる。
それだから、ハンゾーは大都市リュウキューウの地図を出した。手の平ほどの大きさのものが九枚もある。引きで見て大まかな地形を記した簡単なものだが、九枚を正四角形に並べてはじめて、大都市の概観が分かるというものだ。
この地図はハンゾーが旅の人魚から写し取らせてもらったものだが、あいにく大きな紙が持ち合わせになく、仕方なく九枚に分けて書きこんだというわけだ。
リムがつぶやいた。
「なにこれ。変な形だ」
シズルが言った。
「木という植物が地上にあって、それが集まると森というものになるのですが、大昔に森が海にやってきて、そこに大都市リュウキューウができたというわけなのです」
大都市リュウキューウは、街ひとつに匹敵する壮大な森が海で枯れ、その跡に大勢が住み着いた結果、できた都市なのだった。
それも、森の木々は一本一本が巨人のようだ。幹の太さは団地を丸ごと飲めるほどだし、実際、そこに好き好きに色んな生き物が住んでいる。
「先生、この地図、ずいぶん詳しいものですね。それに新しい。写してもいいですか?」
シズルは興味に光る顔で、地図を模写しはじめた。時間がゆっくりと流れる人魚たちは、地図を追って街を巡ることがない。ハンゾーがこの地図を持っていた理由は、ほとんど趣味に近い。
森の外輪にあたる木の一本を指さすと、そこには「オンドロ峡谷」と細かな文字で記されている。
「ここに、その学者の家があるのさ」
オンドロ峡谷を抱き込むその切り株は、内部が大きな空洞になっている。内部の空間は通常、幹に守られているものだが、幹そのものも崩れていたりして、欠けた円のようだ。
その樹皮に近い、しかし幹の一部でもある場所に亀裂があり、峡谷になっているというのだ。
親切にも、シズルが九枚の地図を大きな紙一枚に写し取って、グリンに渡してくれた。
まだグリンの手の中にいたリムは、ハンゾーからもお菓子をもらって食べている。
「リム、僕、思ったんだが」
グリンが、リムをしげしげと見つめて言う。
「リム、大きくなったよね」
リムの真っ黒で真ん丸の目がキラッと光った。そう、人魚にとってはなんでもない時間は、小魚を少し育てるくらいには経っているのだった。
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