第49泳

 神妙な表情のグリンに、合わせた手の中でシクシク言っているリム、さらに苦い顔をしたハンゾーという重い空間に、マリンが飛び込んできた。

「グリン! 愛らしいリム! 良かった、私、あなたを危険なところに送ったのだと思ったのよ!」

 シズルに呼ばれたマリンがやってくると、グリンは合わせた手の隙間を狭くして、リムがマリンに当てられないようにした。


 ユキは地下室にいるが、ウロコを染めたり髪のトリートメントをしたりで、こちらには来られないらしい。


「どうしたの、リム? やっぱり、サンゴ礁で怖い目に遭ったのね」

 マリンは悲しそうな声で言う。場の空気が重いことには気が付いていたが、あまり頓着しない人魚たちの性質もあるし、なによりマリンはリムを危険にさらしたものと気に病んでいるのだった。

 グリンの手の中で、リムがこもった声で聞いた。

「怖い目? おれは、なんにもなかったよ。おれが悲しいのは、グリンと大都市に行けないことなんだ」


「悪かったよ」

 ハンゾーが自嘲のため息をつきながら言った。悪気は決してなかったが、嫌な意味で驚かせたと反省したのだった。

「あたくしはねえ、遺物が大好きだし、いつか自分が遺物になる日が楽しみでもあるんだ。でも、みんながそうとは限らないからねえ」


 グリンとリムは、ハンゾーの表現に込められていた意味を知った。耳に入るのは言葉だけだから、使った側の気持ちが見えないことがある。それがよく知らない人からの贈り物であれば、なおさら行き違いが起こりやすい。


「僕、それであれば、気にしていないよ」

 静かな声だが、実際はリムが自分をかばってくれたことが少しくすぐったいグリンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る