第48泳
あたりが急に明るくなり、小魚にとっては大きな手がやってきたとき、リムは慌ててその場を逃れた。それでもグリンのそばから離れずに、はじめて見る人魚に困惑しきったリムは、質問とも独り言ともとれる呟きを漏らした。
「誰なの?」
その質問に答えたのは、当事者ではない。シズルが説明したのだった。
「ユキのレッスンの途中だとは思うけど、マリンさんを呼んでくるよ」
シズルはそう言い、地下へと向かって部屋を出ていった。
それ以来、ハンゾーはリムに目もくれずに、グリンの背中にかじりつくようにして海藻の一本ずつを調べている。彼女は海藻について賛辞を述べつつ好きに調べているが、まるで人の話を聞いていない。
耳に届いていないと分かっていても、リムには主張しなければならないことがあった。
「抜いちゃダメだ! 引っ張らないで!」
天使のようにグリンの頭のあたりをグルグルと回りながら、リムは新たな緊急事態と戦うのだった。
「これは本当に素晴らしい!」
ハンゾーは唸って、失礼な言葉を続けた。
「君はこのまま遺物になるべきだ!」
それはむしろ好意から出た一言だったが、グリンはそれを聞いて絶望的な気持ちになった。
この海藻のために慣れない旅を始め、この海藻のために友人に家が見つからないのである。
グリンの顔を間近に見て、リムははっとした。表情こそ、盛り上がった額に奥まった目、ぐっと前に出た顎に一文字の口元だが、何かがはっきりと、決定的に違うのだった。
ハンゾーの顔の前に体を踊り出して、リムはなんとかグリンから離そうと邪魔をした。
「やめろ! やめろったら! なんて人魚なんだ! やめろ! グリンは不安なんだ! それが分からないのか!」
それはほとんど、涙声だった。
「グリンはずっと、長い旅をしてきたんだ! 人魚には海藻なんか生えないんだろう! だから心配して、お医者さんを探すことにしたんだ。それが、あんたはなんだ。挨拶もしないで、『遺物になるべきだ』なんて、どうやったらそんなことが言えるんだ!」
ハンゾーは黒い瞳を、リムの黒くて丸い目にじっと合わせた。こんなにうるさく喋る魚ははじめてだった。
「グリンは、海藻が増えるのが怖いんだ! 不安なんだ! だからお医者さんに行きたいのに、おれがお別れしないから、大都市に行けないんだ……」
グリンが体を起こして、両手でそっとリムを抱き留めた。
「グリン、ごめんな。おれ、どうしても一緒にいたくて、それにどうしてもあの花みたいなサンゴ礁が好きになれなくて。こんなのは言い訳だ。友だちなんだから、考えてやるべきだったんだ」
グリンが胸の前で合わせるようにした両手の親指のその隙間から、リムはグリンの真珠の瞳を見て泣いた。
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