第50泳

 もてなしのためにあたたかい石を運んできたシズルは、リムに言った。

「先生を許しておくれよ。これでも、リムの命を救ったようなものなんだ」

 少し困った顔をしたシズルは、リムに甘いお菓子をくれた。人魚は成長目的のほか食事や間食をとらないから、これは小さな友人のために仕入れたようなものだ。

 光るサンゴがもらっている特別なエサが固まって落ちていたのを、少し拾っておいたというわけだ。


 細い女の指を持つシズルは、グリンの手の中にパラパラと粉を落とす。

「ごめんよ、ハンゾー先生。おれ、たくさん悩んでたんだ。これ、美味しいな!」

 おやつをもらったリムは、もう泣いていなかった。


「ああ」

 ハンゾーは少しびっくりしたような顔をして言った。リムの方に気が向いて、いまさら気付くことがあったのだ。

「この子かい、あのサンゴ礁に住もうっていうのは」


 その言葉を、グリンが優しく引き取った。

「そうなんだ。でも、どうしても大輪のサンゴ礁が嫌みたいで」


 ハンゾーは、ふっと笑う。

「そいつは正しいね。なかなか勘が良い子だねえ」


 サンゴの丈が短いのは、歴史が浅いからだ。大輪のサンゴ礁は、長寿の人魚たちにとっては最近できたもので、そのはじまりは突然だったと言う。

「あるとき、海の上から何かが落ちてきたんだよ。落ちてきたところは誰も見ていないけれどねえ、他の墜落物同様、海底にめりこんで、そのあたりのものを吹き飛ばした痕跡があった」


 ハンゾーに言わせてみれば、それが大輪のサンゴ礁の中心部である。

 グリンは、サンゴ礁の中心が緩やかな砂山のようになっていたのを思い出した。


「不思議なことに、墜落物の周りがあたたかくなったんだよねえ。それでサンゴが、周りを取り囲むように咲いたというわけさ」

 その話を聞いて、リムが口を挟む。

「あたたかいのは、いいじゃないか」


「まあ、短期的に見ればねえ。君、あそこで何が嫌だったんだい?」

「あそこは何か変だったんだ。でも、何が変だったんだろう?」

 リムは答えながら、自分の違和感の正体には気が付いていない様子である。


 太く緑色の海藻から、桃色の細い海藻が生えている。そうかと思えば、毛細血管のようにごく細い線が、やたらと枝を伸ばしているものもある。

 その掴みにくいほどにへんてこな具合が、なんだかリムは嫌だったのだ。


「あそこのサンゴや、海藻はめちゃくちゃなんだよねえ。奇抜っていうかねえ。奇抜なのはいいけどねえ、自分ばっかり栄えるけれど、他の場所では育たないんだよ。あそこに生えているものは、どんなに胞子を飛ばしても、そこがどんなにあたたかくても、あそこ以外では生きられない」


 ハンゾーは、大輪のサンゴ礁の調査をした学者を知っているのだった。あの場所でサンゴや海藻の胞子を集めて持ち帰っても、うまく育たないのだと言う。


「生き物もそうだよ」

 ハンゾーは急に、厳しい目をした。

「あそこの魚は卵を産むけど、あのサンゴの中でも孵化しない。だから、移住してきたやつらしかいないんだよねえ」

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