第45泳

 シズルへ新しい本を渡しにやってきたハンゾーだが、ふと、部屋に飾ってある植木鉢に気が付いた。イモガイをあしらった、あの作品である。

 従兄弟が旅立ってから、マリンはあの植木鉢を目立つところに置いたままにしてあった。ハンゾーの特段の興味は、色とりどりに堂々と揺れる海藻に惹きつけられ、シズルがその由来を語る。

「人魚の背中に、これが生えていた?」


 そのとき、地下室でユキを美容的に特訓漬けにしていたマリンが、ちょうど今日のレッスンを終えて部屋に戻ってきた。

「あら、ハンゾーさん。いらしていたのね」

 マリンはキラキラした笑顔で言った。まつ毛に盛り付けた極小粒の宝石が目元で光っているし、にこやかであたたかい表情に愛嬌の良さが乗っている。

 小柄な人魚は、家の持ち主にろくろく挨拶しなかった。代わりに、海藻についていくつか質問を投げかけたが、マリンもシズルも、これといってハンゾーを満足させるような返答ができかねた。

 それもそうなのだ。ウエディングブーケで例えるなら、海藻は主役になる花の、いわば引き立て役にあたる。指さされて名前くらいは答えられても、産地などの詳しい情報は花屋でもなければ分からないだろう。


「ぜひ、その人魚の背中を拝見したいねえ」

 ハンゾーは熱っぽく言う。

「旅立ったのはユキのアギジャビヨイコースレッスンが始まる前ですから、かなり遠くに行っているはずです」

「どこに向かった?」

 食い入るように、ハンゾーが聞いた。旅の目的地に加えようと思ったのだ。


 リムに住みかをあてがうために大輪のサンゴ礁に向かったと聞くと、この先生は苦い顔をして天井を仰ぎ見ると、悪意なくマリンとシズルの無知を指摘した。

「あんなところにやったのか!」


 シズルとマリンは顔を見合わせる。不安が色濃くなる。

 あの大輪のサンゴ礁についての持論をハンゾーが唱えている途中で、マリンは飛尾を呼ぶことを決めた。シズルは部屋を出て、広間の吹き抜けから顔を出した。誰ともぶつかる心配なしと確認すると、そこから赤い花火のように打ち上がり、街を高く見下ろすところまで来た。

 近くに飛尾が来ていないかと声で呼びかけると、運良く、この街に在駐している飛尾が見つかった。


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