第44泳
マリンが飛尾に伝言を頼んだ理由は、ハンゾーという鑑定師が来客にやってきたことに遡る。
小柄な女の人魚、ハンゾーは背中に大きなバッグパックを背負って、教え子のシズルを訪ねてきたのだった。
短い黒髪を左右にちょこんと束ねて、黒い岩でできた重いイヤリングをぶらさげ、つぶらな瞳の色もやはり黒である。
この人魚はマリンの家にためらいなく入っていくと、弟子を探した。控えめさを持ち合わせない性格のためだが、色々な性質を受け入れる海の世界では、誰も咎める者はいない。
「シズル、シズル! いるかい!」
ちょうどハンゾーの著作「あたくしと鑑定―失われた文化編―」を読みふけっていたシズルは、本を掴んだまま喜んで飛び出していく。
「先生! お久しぶりです!」
マリンはユキを美容レッスンであるアギジャビヨイコースでしごくため、地下室に二人してこもっていて、シズルは来客の要件を聞くほか、他に義務がない。
そんな中で師匠の訪問を受けたのだから、間が良いとしか言えない。
シズルはマリンの元に集められる、お宝の鑑定が好きである。美容にも興味があるし、多様な宝石の質を調べられるとあって、ここでマリンのスケジュール管理などをしながら置いてもらっていた。
一方でハンゾーが情熱的になるものといえば、遺跡や生き物の種類の調査である。
鑑定の領域ひとつとっても、幅が広い。それでいて調査の仕方が似ていることも多いし、発見を応用できる場合も多い。
世界を構成する摂理を知りたいという思いは、分野が多少ずれたとしても、目的は同じである。シズルはハンゾーの本もよく読むし、ハンゾーは他分野の学識者とも交流する。
新しい本を書いたハンゾーは、それをシズルに届けにやってきたのだった。
「先生、今はどちらで研究を?」
「北の海で、もちろん異変調査さ! それがあたくしの天命だからねえ。」
二人は、ハンモックでくつろぎながら話し始めた。
北の海ではしばらく前に大きな異変があった。海域ごと、煮立つほどの温度に見舞われたのだ。
「長らく、あの海域には近づけないでいたからねえ。でも、だんだんと温度も下がってきてねえ」
「そうなると、入れたんですか。あの海域に」
シズルは膝に乗せたあたたかい石をぎゅっと握りながら、先生の顔をじっと見つめた。
「原因の方には、まだ熱くて近づけずじまいだけどねえ。それでも、温度が下がったことで調査範囲はかなり前進できた。それで今回、たくさんの遺跡が見つかったのさ」
ハンゾーはにやりと笑った。
小さい顎のおかげで、幼く見える。体を大きくするために食べ物を摂る人魚もいるが、この調査好きは小柄でいることを選んだのだ。それもこれも、瓦礫に頭をねじ入れたり、細い腕を突っ込んだりして歴史を漁るためだ。
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