第40泳

 真珠の瞳を見開き、両手を魚たちの住みかにそっとおろしながら、人魚の男が言う。

「リム! それじゃ困るんだ」

 小魚は落ち着かなく、右に行ったり左に回ったりしながら、不機嫌そうである。

「なんだよ! おれはここ、良いところだとは思わないね!」


 男の顔はだんだん険しくなり、出ている顎がさらに出てきて、口元はみるみるうちに「への字」に曲がった。

「大都市には連れていけないだろう。何が問題なんだ」

 するとクリーム色は、からだいっぱい、声いっぱいに不満を叫び出す。

「ここは何か変だ! おれはグリンの背中がいいんだ。おんなじ海藻じゃなきゃ嫌だ!」


「大都市は危ないんだ! ここにいてくれ!」

 もはや懇願するような言い方だ。グリンは友人の前途を思って、どうしても折れるわけにいかない。しかし、リムはめげる様子もなく、むしろ食らいついてくる。

「嫌だ! おれはグリンの背中にかじりついてでも、一緒に行ってやる!」

 小さな体に、意地っ張りが赤々と灯っている。


 さらに、黒くて丸い目でしっかりとグリンを見据えると、何度もはっきり、こう主張した。

「おれを置いてったら嫌だぞ! ここより大都市の方が良いに決まってるんだ!」


 言い争う二人は気付いていなかったが、声はあたりによく響き、ひまわりの花弁はちょっとした騒ぎになっていた。


 大小様々な魚、小さなエビたちの見物客は、海藻やサンゴ礁の隙間から、この珍しい組み合わせの争いを見守っている。先ほどまでは縄張りをめぐったケンカに夢中だった者たちも、今はそれをとりやめて、口々に話すのだった。

「うわあ、あの小魚、やるじゃん」

「ずいぶんやさしい人魚がいるもんだな」

「あの子、食べられちゃうんじゃないの。失礼よ」

「人魚さんのウロコ、ハゲてる! 病気かしら」


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