第34泳

 上方から、サンゴをしゃぶってミルクをもらう、赤ちゃん人魚たちが騒ぐ声が聞こえる。

 何かが上手くいっているらしく、上機嫌な笑い声がする。それから、何か失敗があったのか、不機嫌に泣きそうな声もある。


 グリンも、マリンも、このサンゴで育ったのだ。


 時間の感覚に疎い人魚にとっては、どれくらいの年月が経ったなどとは説明しにくいところがあるが、今でもこうして小さな人魚がミルクをもらって育っている。


「安心だ。なんだか安心だ」

 男の人魚は呟いた。口の中をモゴモゴと動かしただけだったから、その声はアギジャビヨイコースへの展望で胸いっぱいの、ユキには聞こえなかった。

 ただ、背中で海藻をくわえている小さな魚は、グリンが安心なら、おれも安心だと思うのだった。


 サンゴにエサを与える壺型の家は、今はシンとして、一定の高さを守る家並みを見守っていた。

 その特別なエサで発光の力を得たサンゴは、はるか下方にまで明かりを届けているが、ユキが二又の尾をいつもより大きく振るたび、きらりきらりとはじかれている。


「ああ、もう、今度は絶対、当てられないようにする! アギジャビヨイコースはさ、体の手入れもおしゃれもやるんだよ。それも何日も! やばい!」

「ユキ、もうちょっと、ゆっくり泳いでくれないか」

 小さな尾ひれのために、ユキよりゆっくりとしか泳げないグリンは、尾をくねくねと動かしながら、一生懸命に着いていくのだった。街をゆっくり見ながら、余韻に浸る暇もない。


「こら、ケンカするな! 早くミルクを飲まないと、またいつ『空の落とし物』になるか分かんないんだぞ!」

 姿は見えないが、赤ちゃん人魚の面倒を見る、いつぞやの元気な声も聞こえた。この声の持ち主は、街の中を自由に泳げるほど力がついたことが嬉しいのと、役に立つことをするのが面白くて、自分よりも小さな人魚の面倒を見ているのだった。


 赤ちゃん人魚たちを、ミルクを多く蓄えたサンゴに誘導しながら、大人にもらった貝などを食べる。よく頑張っていると、おやつをもらえるのだ。

「おっ、この貝、うまいな」

 この頃は、黄金色の髪をなびかせた、あの人魚のお姉さんのようになりたいと思うのだった。


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