第30泳
「リム、だめだよ」
友人の言葉をよそに、尾をひらひら、不思議な表情でなにやら考えている。その様子があまりにも愛らしいのだろうと、美人の方もつい、長い指の間からリムを見てしまった。
パチンと視線が交錯する。
「グリンの従姉妹の、マリンさん、綺麗だ。真珠みたいな、目をしてる」
リムがぼうっと言いながら、ふわり、ふわりと大きく尾を振る。今にも天地がひっくり返りそうだ。
グリンは慌てて布をかけてやり、こちらに引き戻すのだった。
「気付け薬、あったら少し分けてくれないか」
困った半分、心配が半分の顔をした友人をよそに、茶色い布の中からモゴモゴと声がする。美人の人魚の夢を見て、うわごとを言っているらしい。
マリンは申し訳なさそうに肩をすくめた。
長い鑑定結果の説明が終わったが、結論はこうだった。
「アギジャビヨイコース、受けさせてもらえるんだって!」
それは、全部で十二ある美容レッスンの、上から三番目のお高いコースだ。
これまで外洋に出ては、地道に欠けのない貝殻などを女の小さな手で集め、それでも一番下のレッスンを受けられるかどうか、といったところだった。
緊張を片時だけ忘れることができ、少女の笑顔でユキが言う。
「すごいコースだよ! これで美人まっしぐら! グリンが貢いでくれなかったら、まだイモガイ掘ってたはず!」
布でクラゲの形を作って連れ合いを守っている貢ぎ男は、ついに、自分の本題について尋ねることにした。ユキが魔力に当てられたり、リムが魅入られたりで、自らの不安材料の救い先が、まだ聞けていなかった。
「そう、マリンに医者の居場所を聞こうと思って。ユキに案内してもらったんだ」
「そうだったわ。そのお話をしていたんだったわね。たしかに、お医者様に診てもらったら安心だわ。何人か知り合いがいるけれど……、誰がいいかしら」
話を聞いたシズルはグリンの背中側に回って、件の物をまじまじと見つめた。
「見事な海藻だ。これを植木鉢に植えたんだね。このあたりでは見かけない種類だ。」
その一言に、マリンは両手で顔を隠して、面白そうに笑いだす。ユキから植木鉢をもらったときはイモガイに目を引かれて、それからすぐにシズルに預けてしまったから、海藻がグリンの背中の産物だと気付いていなかった。
上官の前の兵隊になったユキが、頑張って固い笑顔を作りながら報告する。
「それは、リムっていう魚が思い付いたんです! あの、海藻を植えるってことを、です!」
話題にのぼった当のリムは、シズルが気付けのまじないをしてくれるまで、布のクラゲの中で甘い夢を見ていた。
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