第29泳

「背中に海藻が生えるなんて、奇妙なものね。痛くはないの?」

「いや、リムがやってくるまで、気が付かなかったくらいなんだ」

 方々で美の研究に出かけ、無数の人魚と親交してきたマリンだが、どんなに思い返してみても、体から海藻が生えるなんて話は聞いたことがない。


 そのとき、鑑定を終えたシズルが植木鉢と、棒状に丸めた書類の束を持って戻ってきた。その頃にはユキはまた、すっかり当てられていた。二回目の気付けのまじないをしたあと、シズルは書類を開いて、海藻漂う鉢を前に鑑定結果を説明しはじめた。

「まず、イモガイの説明ね。グレードはオーバーオールでハイE 、それから……」

 緊張で肩をいからせたユキは、分かっているのかいないのか、難解な専門用語にうなずくばかりである。真珠の一粒をこねくりまわして産地と年代まで当ててみせるシズルには、生来の生真面目さがあり、自分の仕事を説明する義務感にかられているのだ。

「はいっ、はいっ」

 ユキは話を遮ったり、質問したりするそぶりすらなく、差し出されている表を深い緑色の瞳でまっすぐに捉えて、素直すぎるほど素直にしている。


 見る者、聞く者のこころを取り込んでしまうものを、魔力という。ユキのように美に惹かれる性質であれば、マリンの持つ美の魔力に引き込まれやすくなる。その輝きが強いほど、なかなか離してはもらえない。姿の似た人魚同士では引き合う力が強く、マリンはそんな気がなくても、ユキはのぼせてしまう。

 リムは「お魚ちゃん」であるため、ユキほど簡単にとりこにならない。それでも力のあるマリンのこと、そのつもりで誘惑すれば小魚などは列をなし、喜んで口の中に入っていくだろう。

 同じ人魚でも、美に惹かれる天分のないグリンは、マリンにじいっと見入られたところで呑まれることがない。びっくりすると固まって、状況を理解してのそりと動きだすが、それは魔力に当てられることとは性質が違う。


「では次、鉢の砂質と硬化具合についてだけど……」

 結果報告は続く。他の作品との比較や歴史の話ではないから、講義とは言えないかもしれない。


 グリンとマリンは医者の紹介の話をすっかり忘れて、シズルの忠実な仕事ぶりと、筋肉もこわばる緊張ぶりのユキを見守っていた。

「良いトレーニングだわ。シズルの魔力に当てられないように、とっても頑張ってる」

「僕、美っていうのは、よくわからないな。でも、すごいんだな」


 いとこ同士なら、似ているところがあるのではないか。リムは海藻に挟まれて、色んな会話をしっかり聞きながら、グリンとマリンは、少なくとも声は似ていないぞ、と思った。

 気にしだすと、どうしても気になる。海藻から顔をひょっこり出したリムは、のろのろと出て行った。マリンはすぐに気が付いて、左手で顔を隠してしまった。


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