第28泳

 人魚の椅子といえば、尾をしっかり支えてくれるハンモックだ。しっかりした梁から下がった網に楽に座ったり横になったりすると、たわんでやさしく包んでくれる。人魚は体のサイズも色々だが、ぴったり体を預けてくつろげるのだ。

 グリンとユキ、マリンはそれぞれ腰かけ、あたたかい石を膝に、会話を弾ませた。イモガイの植木鉢は、赤い髪の人魚がその値打ちを調べるために別室に預かって、鑑定中である。

「シズルは鑑定ができるの。価格を調べたら、それに見合ったレッスンコースを受けていただけるというわけなの」


 赤い髪の人魚は、シズルという。マリンはグリンを見ながら、膝上の平らな石に右手をやった。ユキの方を、あまり見つめないように心がけているのだった。花びらのような唇の動きひとつ、なめらかな指の動きさえ、ユキには刺激が強い。美に当てられて、またぽかんとしてしまうといけない、というわけだ。


「グリンは、最近どうなの」

「そう、僕、それで来たんだ。医者がどこにいるか、知らないかなと思って」

「医者?」

 マリンは眉を上げて、少しびっくりしたようだった。

「どこか悪いの?」


 そういうわけで、布が取り払われ露わになった背中の海藻から、リムは顔をちょっとだけ出して、挨拶をした。

「こんにちは、綺麗な人魚さん!グリンの従姉妹の人魚さん!」

「まあ」

 マリンはこの小さな魚の可愛さに打たれてしまった。左手で顔を覆ったのは、リムがあまりに小さくて、溢れ出る美の力が影響しないようにとの配慮である。

「人魚の背中にいるなんて、勇敢なお魚ちゃんなのね」

「勇敢な、お魚ちゃん……」

 リムは照れて、その言葉を口の中で転がしながら海藻にうずもれていった。

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