第27泳

 マリンはグリンの従姉妹にあたる。マリンはほんの子どもの頃に、グリンに会ったきりだった。その頃にはすでにグリンは今の姿で落ち着いていたから、美人の方にしてみれば見覚えがあるのだ。


「ううん、マリンか。ずいぶん変わったな」

 うんと考えたあと、グリンは唸るように言った。

「ふふ。あれから、ずいぶん頑張ってきたんだから」

 久しぶりの再会に満足そうなマリンは、上品に笑った。子どもの頃は青一色で短かった髪は、今は手入れの甲斐あって豊かに伸び、芸術品を思わせる色彩である。顔つきはよく観察してみると、グリンの記憶の幼いマリンと一致するものの、頬には青く光る怪しい宝石をいくつか埋め込んでいるし、赤い花びらのような唇は妖艶な感じさえするし、従姉妹と教えられなければ分からない。

「マリン、本当に久しぶりだ。立派になったんだな」

 グリンの口元は緩んだが、口角はあまり上がらない。それでも、ずっとやさしい顔色になった。オコゼのように出た顎、眉のあるべき部分が膨らんでいるのに、毛がない。奥まった目が余計に小さく見えて、いつもどこか、難しいことを考えているようだ。それは、マリンが幼少の頃に抱いた印象そのままの姿だった。

「私はグリンのこと、時々思い出していたのよ。この街には、まだあなたの記憶があるんだわ」

 なつかしい感覚の奥にはたくさんの思い出や尽きない話題があるのに、伝えられることは少ないのだ。しかしこの心やさしい二人は、間違いなく相手を歓迎して、嬉しい気持ちで胸いっぱいであることが、お互いに分かる。


 ついに赤い髪の人魚が、人差し指でユキの頬をつついてふざけはじめた。

「また当てられちゃってるわ。しょうがないったら」

 それから両手の人差し指と親指同士を合わせ、マリンの方を追いかけるままのユキの顔に、ふっと息をかける。これは気付けのまじないだ。


 情けない声をあげて、ユキがぶるぶると頭を振る。我に返ると、使命のように大事に抱えている植木鉢をマリンに差し出した。渡す両腕はピンと伸びて、「前ならえ」をしている。それから、誰もが分かりきっていることを、仰行しいまでにはっきりと言った。

「イモガイを持ってきたんです!」

 マリンのやさしい長い手指が、そっと受け取る。

「ずいぶん物の良いイモガイね。この近海の産かしら」


「グリンがとったんです。砂をひっかきまわしてました!」

 まるで悪事をはたらいた犯人を引っ立てるような言い草である。当のユキは、グリンの功績を忠実に報告したまでで、もちろん何の思惑もない。


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