第20泳

 やがて三人は、穴の底に到着した。床はピカピカの石で、光沢のない黒だ。闇とそう違わない色をしているから、出入り口から眺めたときには底なしに見えるのだ。はるか上の、針の穴のようになった光のほかは、四方八方が闇である。

そこにわずかな水流を、海の生き物は感じ取ることができる。

「こっちだよ」

 先導を買って出たユキは、水流に逆行して進んだ。視界に何も映らなくなってしばらく経つが、ユキもグリンも、この状況に動揺することがない。かすかに流れる水に逆らって進むのみだ。


「もう着いた? もう落ちるのは終わり?」

「終わりだよ。元気そうでよかった」

 背中で残念そうな声を出すリムに、グリンが答えた。ユキもリムに言う。

「もう街に着く。こわーい人魚がいるかもよ」

 リムにとっては厳しい冗談だが、ユキは愉快そうに笑った。


 前方には丸い光が、懐中電灯を差し向けたようにこちらを照らしていた。


 ユキは光を頼りに植木鉢の様子を確かめて、それからにこっとした。

「有名人さんのところ、今から行こうよ」

 マリンさんではなく、有名人さんと不思議な呼び方をするユキなのだった。呼びかけ以外で名前を口にするのがなんとなく失礼な気がするほど、マリンのことを崇めているのだ。

「わかった。よろしく、頼むよ。リム、ここからは、くれぐれも静かにね」

 グリンの心配に、リムはほとんど口の中だけで答えた。

「まかしといてよ。海藻をくわえて喋らないようにするよ。こわい人魚がいるかもしれない」


 グリンとユキは、街を見下ろした。ここは街の果てで、扇状地にぽかんと開いた穴から、この人魚たちは街に入ってきたのだった。街を取り囲むのはどれも緩やかな坂で、時々、穴が開いている。この街への出入り口は、いくつもあるのだった。坂を辿っていくとやがて垂直な壁になり、壁を伝うといずれは天井にぶつかる。

「やっぱり、大きいな」

 味わうように、グリンが言った。

「ま、そうかも。だいたいなんでもあるし。高いけど」

 ユキに従って、グリンも泳ぎ始めた。この街は広い。それだから、尾が小さくて切れ目のある人魚などは、たくさん水をかく必要がある。


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