第19泳

 見渡す限りの砂礫の海底をゆく三人の足元に、深い穴がぽっかりと開いている。底も見通せないほどの、深い、深い穴だ。大人のイルカが十頭ほど同時に入れるような余裕のある直径は、固めた砂でできている。これが人魚の街の出入り口で、グリンもむかしは、ここを訪れたことがある。

「リム、これから少し、深く潜るよ」

グリンがやさしく言った。

「背中にぴったり、くっついとくよ」

物分かりよく、リムが返事した。


「おじさん、人魚の街ははじめて?」

「いや、来たこと、あるよ。ユキはずっと住んでるの?」

「ううん、元々は寒い北の方の生まれなんだけどさ」

 器用に植木鉢をかばいながら泳ぐユキは、家族のメンバーと共にこの街に越してきたという。血縁のあるメンバーで家族を組む人魚もいれば、サンゴ礁からミルクをもらって育つ、グリンのような者もいる。そもそも人魚の生息範囲は広くて、一概にこうとは言えないところがある。

「ああ、移動しながら暮らす家族?」

「いや、北にちょっと問題があったっていうか」

 ユキは海底に向かって、尾を下にしながら落ちていくようになりながら、黄金色のミディアムヘアが逆立って揺れるのもかまわない様子だった。ユキにはそういうところがある。綺麗なものに惹かれて目をやると、その他のことは意識の外になってしまう癖だ。今はその気持ちの中心を、宝石のような小鉢が占めているのだ。グリンに返事こそするが、気もそぞろである。

 植木鉢はグリンの髪の接着剤で固めてあるから逆さにしたところで崩れはしないのだが、ユキはどうも過保護に抱えている。一瞬でも目を離すのが惜しいのか、物を大切にするタイプなのか、とグリンは思った。いずれにせよ、自分の作を大切に扱う様子に悪い気はしない。


 リムは背中の布の中で、楽しそうにはしゃいでいる。

「グリン、これ面白いよ。お、お、お、おちる! でも、布があるから大丈夫なんだ、は、は!」

 垂直に落ちる移動はリムの人生はじめてのことだ。声色に恐怖の色は全くなく、グリンはリムが臆病なのか、大胆なのか計りかねて少し笑った。


 三人は落ちていく。出入口ははるか向こうに、小さな明るい丸になっていた。周囲の砂の壁の色も暗くなっていく。水温はだんだんと冷たくなっていくが、リムは相変わらずグリンの背中でふざけている。

「おちる! でもおれは、おちないんだ!」

 リムがもし、このさびしい真っ暗闇に落ちていく様を一緒になって見ていたら、グリンとユキについていくかどうかで一悶着あっただろう。


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