第18泳

「じゃあ、約束通り、これ、あげる」

 茶色の繊維質の布が、イモガイの工作のお礼だ。グリンは背を隠すようにそれを身に付けた。海藻がうまく隠れた。透けもない。

 リムはグリンの背中の海藻の中に入ってみた。

「夜みたいに暗いよ。なんか落ち着く。おうちみたいな感じ」

 それから、わずかな隙間から顔を出すと、海面から明るく降る光を確かめては、また暗闇へ全身を突っ込んだ。明暗を短時間に感じると、なんだか体がぐにゃりとするような、不思議な違和感を覚える。


 グリンは背中とリムを覆った布を前で結んで、肘を曲げるとうまく引っかかるようにした。結び目を握れば、泳いでも布がずれることがない。スピードがあまりでない尾をしているから、急いだところでそんなに派手な抵抗も生じない。

「そういう使い方するんだ。なんか、むかしの、荷物を運ぶ感じの仕事っぽい。ま、似合ってるよ」

 抱きしめた植木鉢の出来に関心が向いているから、ユキはグリンのファッションには気がないのだった。


 三人は砂礫の王国を渡りはじめた。もうすぐ夜がくる。日が落ちると海は暗くなり、あたたかな日射しをなくした水の中は冷たくなる。人魚は水温の変化は感じ取るが、特にその方面の感覚が鋭い者を除いては、嫌がることは基本的にない。

 見た目は人間にそっくりな上半身の皮膚を持ちながら、その性質は全く異なる。体内の温度調節に非常に長けていて、温暖でも寒冷でも問題にならない。

 一方、リムは温暖なサンゴ礁育ちである。太陽光を受けて栄養を摂るサンゴから、乳をもらって育ってきた小魚だ。夜の冷たさにどこまで耐えられるのだろうかと、グリンは心配していた。当の本人に聞いてみても、寒冷の経験が浅いのか、夜はサンゴの間に隠れるとか、寒さにはたぶん強いとか、返事は要領を得ない。

「グリンの背中、あったかい。おれ、ここ、とっても好きだな! 夏のサンゴ礁みたいだ!」

「夏なら、大丈夫そうだな、うむ」

 布の中から満足しきったリムの声がして、グリンの憂いが一つ減った。


 心配といえば、医者に会えるのかどうかも心配である。医者の居場所を知っているかもしれない有名人に会って、聞いてみなければならない。

「有名人っていうのは、どんな人なの」

「え、美人系かな」

 ユキは植木鉢を相変わらず抱きしめて、形が崩れないようにゆるゆると泳いでいる。


「マリンさんっていう、信じられないくらい美人だよ。会ったらびっくりする、絶対。綺麗すぎて」

 ユキの言葉に、グリンはただでさえ突き出たアゴをグイと突きだして、瞬きをたくさんした。

「マリンっていったら、僕、同じ名前の従姉妹がいるよ。元気かなあ」

 以前に会ったときはほんの子供の人魚だったマリンは、今は有名人魚となって、街でその名前を知らない者はいない。これは今、グリンの想像のはるか外にあるが、事実であることがらだ。


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