第11泳

 いっそ、リムのことも海藻のことも、正直に話せばどうだろうか。


 グリンが口を一文字にして考えていると、女の人魚は疲れたように言った。

「なんでもいいんだけどさ、手伝ってよ。有名人にレッスン受けに行きたいんだけど、手土産ナシじゃ会えないんだよ」

 そう言って手に持った茶色の繊維の布を振ってみせると、まだ何も見つけられていない、と示す。


 医者。それも人魚を診る医者というものは、なかなかいない。長命で病気しにくい人魚は、そもそも医師いらずという点がある。

 地方で気ままに暮らしてきたグリンは医者の伝手などない。だから、街で医者について聞いてみて、尋ねてみようと思っている。その道中、リムにぴったりな住みかが見つかれば、なお良い。それが旅の目的である。


「その人は有名だから、医者くらい知ってるよ。友達かもしんないよ。おじさんがなんか見つけてくれたら、こっちはレッスン受けられるし、おじさんは医者のことも聞けるし、それでいいじゃん」

 そしてため息をつく。

「はあ」


 長い指を持って生まれてきた人魚は、探し物が得意である。その伝承は合っている。


 グリンは長い右手の指をうまく使った。砂の中に指を入れて、かきまぜるように探すのだった。抵抗する砂の重さなど、グリンの右手の力にとっては水の抵抗も同じである。

 砂煙はもうもうと立ち上るが、グリンは後方に避けながら、右手をせっせと動かし続ける。砂中のものを右手の指でつまむと、指の太い左手で周りの砂を外にはじき飛ばす。それは豪快なものだった。

「えっ、すごい。すごいね、おじさん!」

 グリンの右手に残ったのは、豪奢なイモガイである。ツヤのある殻に、茶色の網目模様が派手な貝だ。

 イモガイを受け取って、女の人魚はしげしげと眺める。手の平におさまるサイズだが、こんなに状態の良い物は売り物でも遜色ないだろうという出来である。一寸の欠けもない。


 この女の人魚はユキという名前で、人間の女と変わらない手を持って生まれてきた。この頃は日がな一日、砂をほじくりかえして、できればイモガイを見つけようと奮闘してきた。

 意外にも、ユキはグリンの背中の海藻などどうでもよかった。そしてそこに住みついている小さな魚のことなど、さらに気にしなかった。

「魚なんか、いまどき誰も食べないでしょ」

 リムはそう聞くと、グリンの肩越しにユキをのぞいて言った。

「綺麗な人魚さんだね。ユキさん」

 ユキがニッと歯を見せて笑うと、かみ砕かれる想像をしたリムは、さっと海藻の中に潜った。

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