第10泳
渋い顔を作って、グリンは断った。
「悪いけど、先を急ぐんだ。街に向かっていてね。医者にかかりたいんだ」
女の人魚はぎょっとした様子だ。
「え、おじさん、なんか病気?」
「病気というほどでもないが」
「定期健診みたいな?」
眉をひそめて、女の人魚は言った。ショートヘアの髪が日の光に当たってゆらゆらと、黄金色を反射している。胸に飾っている貝は磨いたものらしいが、髪のかがやきの方がきらめいている。
「定期健診、ではないけど、うん、まあ、そんなような、感じだね」
目の前の人手に今すぐに命の危険はないらしいと悟ると、女の人魚は口の端をにやりと上げた。
「街に医者はいないよ。だけど、医者がどこにいるか知ってる人を、知ってる」
「なるほど。その人は、誰なのかな?」
リムは会話を聞きながら、なんだかややこしくて複雑な話になってきた気がするぞと思いながら、じっとしていた。話に入りたくてうずうずしていたが、この女の人魚は小魚を食べるかもしれない。
グリンの右手の指を見ながら、女の人魚は感心した。
「おじさん、指、長いね」
グリンは口をむっと結んだ。なんとしても手伝いにかりだされると思った。
「探し物とか得意なタイプでしょ。ねえ」
女の人魚はグリンと同じくらいの大きさの尾をしている。それをあでやかにふわりと振って、砂を軽く巻き上げた。
グリンの右手の指は、長い。
人魚の中にはそういう指を持って生まれてくる者があって、長い指は探し物が得意だとうわさされる。
「やめたほうがいいって。なんかこわい、この人」
リムが海藻の中から、低い声で小さく呟いた。
それは女の人魚にも聞こえてしまった。
「後ろに誰かいんの?こわくはないでしょ」
グリンは考えていた。こんなに考えることは、これまでしばらくなかった。リムを背中に連れて出かけるかどうかを悩んだときも、こんなに時間はかからなかった。
女の人魚に、背中の海藻が生えていると露見するのは構わない。
人魚を怖がるリムのことは、なんとか隠したままにしておきたかった。
しかしそのリム自身が発した一言のせいで、もうその存在も相手に分かってしまっている。
女の人魚に泳力で敵うとは思えない。グリンは、泳ぎにかけては本当に自信が持てない方で、子どもの人魚にも時には負けるだろうと自分の力を見積もっている。
この人魚は街のことを知っているみたいだし、そこまでなんとか逃げ切ったとしてもすぐに追いつかれるだろう。
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