第9泳
砂礫と海面の間は、おしゃべりをしながら進むあいだに、うんと広くなっていた。
視界が良いということは天気が良いんだな、とグリンは思った。
嵐になれば厚い雲で日光が通らず、海中の温度も低くなる。それに叩きつける大雨や風の影響で海は荒れ、砂が巻き上げられ、ときには岩を転がすほどの大騒ぎになる。
人魚は温度変化には強いし、岩場に上がって日光浴をする猛者もいるが、魚はそうはいかない。海中でしか息ができないし、温度変化はどこまで平気なのだろうかと、グリンはだんだん心配になってきた。
今日は天気が良くてあたたかいが、明日のことは分からない。酷い嵐になっても、人魚は砂や岩にくっつくか、あいだに入ってしまってしばらくやりすごせばいいが、魚の生態をグリンは知らない。
「リム、君、寒いのは大丈夫なの?これから、わりあい深い海になるよ」
「寒いの? おれ、たぶん大丈夫だよ」
リムは元気いっぱいに答えたが、グリンはまだ不安である。
グリンは、ふと視界の中、遠くに一人の人魚を見つけた。
その女の人魚は、綺麗な髪の色をしていた。海面から見上げた満月のような、黄金色である。クセのない肩ほどの長さで、頭を振るたびになびいている。
女の人魚は砂を指でいじいじと掘っている。何かを探しているようだった。
「やあ」
そう声をかける前に、女の人魚はグリンに気が付いていた。
「男の人魚じゃん。めずらいな」
深い緑色の瞳で、グリンはぐっとにらまれた。
リムはピタリとおしゃべりをやめて、海藻の中で息を殺している。
「おじさん、ひまならなんか探してよ?」
グリンよりもだいぶ年下の、不遜な人魚である。よく見ると少女くらいの背丈で、小柄なグリンほどもない。耳より大きい、平たい貝のピアスをつけている。首にも、石や貝をつなげたものを巻いたおしゃれな子だ。
人魚がよくかばん代わりにする、地味な褐色をした布を持っていた。繊維を編んで作る簡単な製品である。
この子は、この布カバンに見つけたものを入れて運ぶのだな、とグリンは思った。
返事を待たずに、人魚は続けた。
「今さ、なんか探してんの。手伝ってよ」
「なんか、って、何を?」
「なんかだよ。できれば光ってるやつ。イモガイとか」
ああ、とグリンは察した。おしゃれな人魚だから光るものを集めて、体を飾るのに使いたいのだろうと思った。
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