第8泳
「魚の群れはいいよね。足が速くてかっこいい」
リムは魚群の話にひどく共感して言った。
流れ星に願いを言うような速度だ。魚群に話しかけるのは、リムにとってそのような印象だ。鱗をきらめかせながらにぎやかに泳ぐ姿も、また魅力でもある。
「だけど、みんなでいたら、食べ物が足りなくなりそうだよ。おれ、一匹だったから、なんとかなってたけど」
おしゃべりだが、基本的にはおっとりと泳ぎたいタイプのリムは、食べられそうなものがあってもぱっと飛びつくことはあまりしない。その点、早食い勝負の魚群たちは違う。
腹に入りそうと見ればとりあえず噛みつき、思ったものと違えば吐き出す。リムがようやくつまんでみようと決断する頃には、もう欠片も残っていないだろう。
同じ海域に住む魚でも、生きている速度が全く違っていた。
「体を大きくしたいなら、食糧事情は大変だろうね」
グリンがしみじみ言った。
「そうだよ。もっともっと小さかった頃は、サンゴが配ってくれるごはんで足りたんだけど。こう大きくなってくると、そうもいかなくて」
サンゴはいつでも、海水よりもいくらか粘性のある液体を出して、自らをやんわり包んでいる。それをすくって食べるカニを先頭にして、サンゴの炊き出し場に育てられて成長する生物は多い。
「ああ、サンゴのね。僕も、小さい頃はよく飲んでいたよ」
「ええっ、人魚も、サンゴのごはんもらってたの?」
「お気に入りのサンゴがあって、そこによく通ったよ」
グリンは、泳ぎながら懐かしそうに、目を細めて言った。長寿の人魚の子どもの頃とは、どれくらいむかしのことなのか、グリン自身にもよくわかってはいない。そのむかしの頃の、はるかむかしから、サンゴは人魚もカニも、殻も未熟なエビの子育てをしている。
人魚も、体を大きくしようと思うと食べねばならない。特に幼児ほど小さいうちは、ねぐらからそう遠くないところに質の良いサンゴ礁があることが、人魚の子育ての条件である。
「おれ、サンゴに、もっと食べ応えのあるやつを出してくれって頼んだんだけど、無理ですって言われて、しょうがないからあっちこっち回ってたんだ」
「サンゴに頼んだの。そりゃあ、ことわられるだろうね」
グリンが、おかしそうに苦笑いする。
サンゴが提供するものはいわば赤ちゃん用のミルクで、体が大きくなれば、生物は他に食糧を探さねばならない。
それから二人は、紫色のサンゴはしょっぱいとか、珍しいが黄色いサンゴがあって、それがものすごく甘くて美味しいとか、水っぽいものも悪くはないとか、魚と人魚で舌は違えど、共通の味覚を持っていることに驚き、話は弾むばかりだった。
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