第7泳

「リム、もしくっついているのが大変だったら、海藻をくわえていてもいいよ」

 グリンは、リムは併泳の得意な魚類だったはずだが、と知識を辿りながら言った。

「今のところ、大丈夫。ありがとう。疲れたら、そうするよ」

 リムはその目でしっかりとグリンの藻にピントを合わせて、その場所からびくとも離れないように気を配っていた。


 どの藻も一本いっぽんは鉛筆より細く、遠目に見れば毛に見えなくもない。先端になればなるほどやわらかく、芯がなくて噛み切りやすい。リムはその気になれば、海藻の根本からでもちぎってしまえると感覚で知っていた。

 けれどもこれはグリンのものという意識があったし、万が一、グリンが痛がるとか何かあってはいけないから、先の方をちょんちょんともらうだけと心に決めているのだった。


 グリンの方も、頭を高く上げて泳いでいた。背中に急激な流れが当たらないように気を遣うと、どうも不慣れな動きになる。

 お互いが少しの譲り合いをして、少しの不便をして、関係の天秤はうまく平行な幸先である。


「おれ、人魚に会ったのははじめてなんだ。あんなところにいるとは思わなかった」

 泳ぎになびく、グリンの背中の藻に体をぴったり合わせながら、リムが言った。

「うん、僕の知り合いも、だいたいは街か、もっと深いところをねぐらにしているね」


 グリンの話す「街」というものを、リムは訪れたことがなかった。卵から孵ってすぐのほんの稚魚の頃に、人魚は魚を食べる、大きい魚は小魚を食べる、カニも巻貝も小魚を食べると脅し聞かされて以来、用心するこころが身に付いていた。

 一人の頃は街に近寄ろうと考えもしなかったが、グリンの藻に隠れていれば、嗅覚鋭いサメにも、誰にも見つからないような気もした。


 なぜなら、グリンの背中に生えている海藻はリムをすっぽり覆い隠してしまうほどの丈がある。赤や茶や緑の色合いの中に、大きくなろうという志の生き物がいるようには思えないはずだという内容のことをリムは考えた。


「なんで、グリンは浅いところにいたの?」

「僕、魚の群れがいるところが好きでね。綺麗だからね」

 グリンは水温あたたかく、魚群のよく通る海域が好きなのだと話した。理由は他にもあったのだが、このときは触れないことにした。リムのことは気に入っていたし、背中の藻についてはパートナーだと思っているが、グリンのきわめて個人的な事情を打ち明けるにはまだ早いような気がしたのだった。


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