第5泳

「これは、お医者様に診てもらわないといけないかもしれないな」

 グリンはつぶやいて、しゅんと座り直した。巻き肩で猫背の人魚は下っ腹のあたりで手を組んで、少し上を見上げた。

「お医者に行くの?」

 クリーム色の小魚は、まだそばにいた。

「そうだなあ、僕、街の方に行ってみて、なんとかお医者を探してみようと思うよ」

「じゃあ、そこに着くまでしばらくかかるね」

「そうだねえ、僕、あんまり速くは泳げないものだから」


 ヒレを小刻みに動かして、小魚はうんと勇気を出して、グリンが見上げた顔の前に移動した。提案に似たお願いをするときは、正面から頼むべきだと思ったのだった。

「じゃあ、じゃあさ、おれも着いていっていい?」


 人魚の背中をかじっていると聞かされたとき、このびっくりやの小魚は、いのちの危機を感じて、いつも以上にびっくりしたのだった。しかし、背に手を回して慌てた人魚の様子を見たときに、なんだか自分に似ていると重ねて、こころはやわらかくなった。


 そして今はびっくりどころか、うっとりした様子で語り出すのだった。

「おれには夢があるんだ」

 砂礫に混じるような、目立たない色のこの魚である。グリンはその胸の中に描かれているものが気になった。

「夢?」

「そう、おれはどこか、たくさんの、できれば美味しい海藻があるところで、大きくなりたいんだ。今よりもずっと、大きくなりたいんだ」

 黒い目の奥がキラキラと光っているようだとグリンは思った。魚はグリンの目をまっすぐ見つめて話し続けた。

「でも、おれ、そんな天国みたいなところが見つけられないんだ。やっと見つけたと思ったら、人魚の背中だったし」

 そう言ってしょんぼり、尾をユラユラさせた。


「人魚さんが旅をするなら、背中におれをかついで行ってくれよ。それで、海藻がたくさんあるところを通りかかったら、そこでおれとは解散さ!」

 グリンは黙って目をパチパチ、考えていた。小魚のおでこの、これまた小さな鱗を見つめて、この説得を受けようかどうしようか、二つに一つだ。


 クリーム色の魚の緊張は、ヒレのかたい動きにあらわれていた。すぐに色の良い返事がもらえないと見ると、このヒレの持ち主は頭を巡らせて、良い思い付きを見つけ出した。

「人魚さんにも、メリットあるんだぜ! おれが背中の様子を見て、教えてあげるよ! 自分じゃ、見れないだろ! どうだ!」


「うむ」

 ひと唸りして、グリンは言った。

「よろしく頼むぞ」


 小さな魚は喜んで、声にならない声を上げながら、コンパスが回るみたいに、頭を軸にして尾を一回転させた。グリンの広い額が、やさしい一瞬の水流を受け止めた。

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