第4泳
「おれが見つけたんだ!」
小魚はグリンの左脇の下を安全な壕にして、声の限りに主張していた。
「美味しい海藻はみんなのもの、いや、はじめに見つけたおれのものだ!」
「僕の背中に海藻が生えてるの?」
グリンはもう自分の背中に手をやって、生えているものを確かめたい気持ちでいる。
「人魚の背中に海藻なんか生えるわけないだろう! そんな人魚がいたらおかしい!」
叫び散らす小魚の声を最後まで聞かないうちに、グリンは体を起こして座った。
「わああ!」
クリーム色の魚は、グリンの左脇からピュンとロケットのように飛び出していった。
座位をとったグリンは、ゴムを伸ばしたような長い指がついている右手をそうっと背中に回した。確かに、何かが触る。軽くつまんでみると、背の皮までが引っ張られる。
「うわあ、うわあ。やめとけよ、やめとけったら」
小魚はまだそこらへんにいて、わあわあわめいていた。
「おれは賛成しないよ! 背中の皮まで剥がれちゃうよ!」
「しかし、うむ、これは、たしかに何かが生えている」
グリンはうなった。難しい顔をしていた。
「だから、海藻なんだよ。人魚さん。教えてやったんだ、おれを食べないでおくれよ」
右手をよく使って確かめると、この海藻は背中の上部にしっかりと根づいているらしい。
「困った。なんだこれは」
小魚は丁寧にも、グリンの背中に近寄って解説した。
「あのね、赤とね、茶色とね、緑色の海藻が生えてるよ! おれ、こんなに色とりどりなのは見たことないよ! それに美味しいんだ、やわらかくて美味しい!」
海藻は、水深によってその色や種類を変えて生息しているものだ。それがいちどきに生えている場所など、長命のグリンも遭遇したことがない。海藻を生やした人魚にも、これまで会ったことがない。そういう類の話も、聞いたことがない。
魚たちは人魚に比べて近眼だ。だから、いつもグリンの背を見下ろして泳いでいるはずの魚の群れは、グリンの背中の海藻どころか、寝そべっている人魚そのものにも気付かない。動けば何かがいると思って避けていくが、じっと日光浴をするだけなら、魚たちはそれと知らずに人魚の近くを泳いでいく。
人魚の視力は海の生物の中では抜群に良い方だ。しかしグリンはもうしばらく、人魚には会う機会がなかった。
これまで誰からの指摘も受けず、グリンが海藻を背中に生やしていられたのはそういうわけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます