第2泳

 気持ち良くうつらうつらしていると、グリンの背をツンツンとつつく者がいる。グリンはそれに一度気が付くと、もう無視できなくなってしまった。肩甲骨のあいだを、ごく細い棒でちょんちょんといたずらされているようなのだ。

 頭を右手にぐるりと回して見てみると、周囲の砂礫と似たような、クリーム色の魚がいるではないか。グリンの口にパクンと入ってしまいそうなほど小さい。そいつはグリンの背に垂直になるように、一心不乱にヒレをパタパタさせて体の角度を整えている。

「やあ」

 グリンはそれ以上、体を動かさずに言った。

 クリーム色の魚は黒くて丸い目をチラ、とグリンの顔の方にやって、返事もせずにまだ背中をつつこうとしている。

「やあ」

 グリンはもう一度言った。さっきよりは、いくぶん通る声で言った。

 いたずら者はハッとして、グリンの肩甲骨のあいだのわずかなくぼみにサッと体を寄せた。

「おれ?」

 少しびっくりした様子だった。グリンとしては、自分の背中にぴたりと張り付かれたのだから、魚の姿が見えなくなった。

「そう、君なんだが」

「おれ? おれに話してるの?」

 不安気な声である。この気の小さい魚は、きっとなにかのまちがいで、自分の背をつついていたのだろうとグリンは思った。そんなことで気を立てるグリンではない。それどころか、かわいそうにおびえて自分の背に身を伏せている存在に、一体どのように説明すべきかと考えた。

「僕はね、なにも怒っちゃいないんだが、なにしろ君がね、僕の背中をつつくものだから」

 自身の背にしか聞こえないほどの、やさしい声量だった。

「おれ? おれに言ってるの?」

 小さな魚は、すっとんきょうな声を出した。なりは小柄でも、わりあい大きくて、高いみじめ声が出せるらしかった。

「そう。驚かなくていいんだが、君がつついていたのはね、人魚の僕の背中なんだ」

 一瞬の間があり、小さな魚はこぼれるように叫んだ。

「なんだって!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る