けものたちの名前

 その牝牛は種をとるための牡牛でもなければもちろん闘牛でもない、ただの乳牛であったが、牛にもまれな500㎏の巨体を持ち、そしてリオンという名があった。リオンはその気性の荒さでたびたび飼い主の手を焼かせていた。


 彼は考えた。この牛は、大きい。殺せば、多くの肉が獲れるだろう。だが、そんなに多くの肉を自分は求めているだろうか。他にも牛はいる。この牛でなくてもいい。そんなに大きな獲物でなくてもいい。というより、彼は自覚まではしていなかったが、何より、人間に屈辱を与えられさえすればそれでよかったのだ。もしも近くに人間の姿を認めでもすれば、彼はすぐさま引き返したであろう。彼は、狡猾であったから。彼は、慎重であったから。


 だが。


 気が付いたことが一つある。


 この牛は、おれを畏れていない。にんげんはいざ知らず、牛どもはこのおれに出くわせば、恐怖に怯えて逃げ惑う以外に芸の無い、図体のでかいだけの生き物であるというのに。


 生意気だ。気に食わない。一つ、これを殺してやろう。これを喰らってやろう。そうすれば、この生意気な牛にも、自分の立場というのがおれの前にどういうものであったのか、それが分かるだろう。


 彼はリオンに襲い掛かった。牛に対する限り常に圧倒的だと、自分では思っていた暴力を以て。


「ガァァァァァッ!」


 リオンは、凶暴なヒグマに食らいつかれながらも、命を賭けて抵抗した。振り飛ばされて地にまみれても、必死で立ち上がり、頭にある角で果敢に攻撃を加えようとした。


 OSO18は愕然とした。リオンの角は、彼の毛皮をえぐり、肉を傷つけ、血を流させた。それほどの抵抗を受けたということに、彼は本気で衝撃を覚えていた。


 どれだけ暴れようが、いくたび咆哮しようが、リオンは頑として彼に抗い続けた。


 OSO18は、遅まきながら悟った。おれは、弱いのだ。俺には、弱いものを虐める以外の芸当など、ろくにありはしなかったのだ。


 彼は結局、リオンのもとから尻尾を撒いて逃げ出した。リオンは負傷していたが、無事に飼い主の手で保護され、治療を受けることができた。


 一方のOSO18は、この後ほとんど狩りを行うことができなくなり、飢えた。年を取っていたせいもある。肉以外の獲物のとり方を忘れてしまっていたせいもある。あるいは、そうして、悪名を馳せつつも実際にはウェンカムイ――アイヌ語で、人の肉を喰らった悪獣を指す――ですら無かった彼を、天は見放した。


 リオンに撃退されてから一年を経ずして、OSO18は、無名のハンターの手によって射殺された。ハンターは彼が高名なOSO18であることを知らず、その肉を業者に売り払い、業者はそれをジビエとして都市部のレストランに流通させた。


 それがOSO18であることがようやく知れ渡ったとき、売れ残りの肉はまだ残っていた。それを知るやひとびとは競ってかれの肉を買い漁り、そして「自分は凶悪なヒグマとして名高かったOSO18を喰らったものである」という事実に酔いしれたのであった。


 OSO18と呼ばれたヒグマの、推定死亡月齢は九年と約六ヶ月。その頭蓋骨は猟銃弾で砕かれてしまったため、剥製などは一切遺されていない。

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われを畏れよ きょうじゅ @Fake_Proffesor

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