本編
〈本編〉
◯スポット1 新博物館正面入口(音声スポット)
「──ちょっとお待ちなさい。そんなに蒼い顔をしてどうしたんじゃ? ……ん? おまえさん、落武者の霊に憑かれておるな?」
博物館から逃げ出して来たところを、不意に一人の老人に呼び止められる。
「前世の因縁か、あるいは何か波長でも合ってしまったのか……いずれにしろおまえさんは落武者の怨霊を呼び起こしてしまったようじゃ。このまま放っておいては確実に取り殺されるじゃろう……ほら、すでにそこまで追いかけてきておる」
老人が脅すようにしてそう語りかける傍ら、ガシャガシャ…と鎧の擦れる音や、「オオオォ…」という不気味な呻き声が近づいてくる。
「助かりたくば、これより定められた三つの場所を巡り、怨霊を祓うために必要な力を得ねばならん。さあ、急げ! 早くせねばやつに追いつかれぞ! まずは中町通りの〝はかり資料館〟へゆくのじゃ!」
なおも鎧の音と呻き声が近づいてくる中、老人に急かされて最初の場所へと向った──。
◯スポット2 はかり資料館前(音声スポット)
老人に言われた通りに〝はかり資料館〟へ行くと、天秤と剣を手にした
「我は秤の精。話は聞いておる。まずはそなたが救われるにたる魂を持つ者かどうか? その魂の重さを計らせてもらう……これは人の善なる心を宿した繭玉だ。もし、そなたの魂がこの繭玉と釣り合わなかったならば、その時は即地獄ゆきになるものと心得よ……では、魂を借りるぞ?」
秤の精はそう告げ、身体から魂を取り出すと、天秤の片方の皿にその魂、もう片方に繭玉を乗せて重さを計りだす。
「うーむ…ゆらゆら揺れておるな……地獄の釜も開きかけておる……」
秤の精がそう呟くと足下の地面がゴゴゴゴゴゴ…と地鳴りを轟かせながら割れ、
「助けてくれえ…」
「おまえもこっちへこい…」
「苦しい……早くここから出してくれえ…」
などと亡者達の声が聞こえる。
「お、天秤が定まったな。どうやらおまえの魂は繭玉と釣り合ったようだ……合格だ。さあ、ぐずぐずせずに次は
だが、なんとか天秤は釣り合い、秤の精に合格を言い渡されると、怨霊に追い立てられるようにして二番目の試練の場所へと向かう。
またも背後から聞こえてくる鎧の擦れる音と不気味な怨霊の呻き声──。
◯スポット3 時計博物館前(音声スポット)
続いて時計博物館へ行くと、今度は時計の精が目の前に現れる。
「ようこそ時の館へ。わしは時計の精じゃ。見事、天秤の試練を乗り越えたそなたを助けてしんぜよう……落武者の怨霊を祓うには、より直接的にやつを認識する必要があるのじゃが、そのためには一時的に〝時を超える眼〟を得ねばならん。ただし、少々危険を伴うがの……ほれ、早く目を閉じよ」
と、時計の精は語りかけ、〝時を超えて過去の人間が見える眼〟を与える。
「これでよし……と。さあ、目を開けてみよ。往来の者達の中に幾人か体の透けとる者が混じっておるじゃろう? いわゆる幽霊と呼ばれる存在じゃ。今のそなたの眼は時を超え、過去に生きた者達を見ることができる……ああ、見えるだけじゃなく声も聞こえるがの」
時計の精が言うように、街の景色の中には半透明の者達がチラホラと混ざって見え、
「なんで俺はここに……確か、対向車と正面衝突して、それから……」
「私は、死んだのか……いやだ! まだ死にたくない……」
などと霊の声も周囲で聞こえる。
「なあに、そんなに怖がることはない。幽霊といってもほとんどは人畜無害の者達じゃ。ま、ごくたまに悪さをするやつもおるんで、声をかけらてもぜったいに相手をせず、無視して見えてないふりをすることじゃ」
時計の精がそう言う端から耳元では、
「なあ、おまえ、俺のこと、見えてるんだろう?」
と霊の声が。
「無論、落武者も追ってきておるんで気をつけるんじゃぞ? さあ、次はお城を越えた北側、旧開智学校へ向かうのじゃ」
そう言って時計の精に見送られて三つ目の場所へ。
なおも迫ってくる鎧の擦れる音と不気味な怨霊の呻き声──。
◯スポット4 旧開智学校敷地内(音声スポット) ※現在耐震工事で閉館中だが、敷地内に無料で入れる場所あり。
松本城の敷地内(無料スペース)を突っ切り、旧開智学校へ着くと、今度は書物の精が現れる。
「わしはこの古き
と、書物の精は語り始める。
「ここ、松本の地は
書物の精が語る背後で、雄叫びや絶叫、刀剣類のぶつかり合う金属音、馬の
「数えきれぬ
書物の霊がそう言って急かす中、またも近づいてくる鎧の擦れる音と不気味な怨霊の呻き声──。
◯スポット5 松本城本丸・天守を見上げられる場所(音声スポット)
その場所へ行くと、博物館前で出会った老人が再び現れる。
「定められし道を巡り、よくぞここまでたどり着いたの。わしは戸田丹波守康長。かつて松本城の城主だった者じゃ。今のおまえさんならば、二十六夜神にも願いを届けることができるじゃろうて……じゃが、もう時がない。落武者は周辺の霊達をも自らに引き寄せ、ますますその怨念の力を増しておる」
老人がそう言うと、いっそう激しい鎧の擦れる音と不気味な怨霊の呻き声に加え、
「許さん…ぜったいに許さんぞぉ…」
「わしの首を返せぇ…」
「うらやましい……生きてる者がうらやましい…」
「体がほしい……おまえの体をよこせぇ…」
などなど、たくさんの怨霊達の声も周囲を取り巻く。
「さあ、早く! 早く天守に
老人──戸田康長の言葉に、「二十六夜神さま、どうか落武者の怨霊より我を守りたまえ!」と心の中で天守に向かって願うと、周囲の怨霊達の声が徐々に小さくなって消えてゆく。
「これでもう大丈夫じゃ。二十六夜神の御力によって、蘇った怨霊達の魂は再び鎮められた。安心せい。もう取り殺されることはないじゃろう……では、そろそろお別れじゃの。ずいぶんと先延ばしになってしまったが、改めて旅を楽しむがよい。松本は良い町じゃぞ? なにせ、わしが作った街じゃからのう。ハハハハハハ…」
怨霊達が消えた後、老人はそう告げると笑いながら立ち去ってゆく。
「ああ、そうそう。鎧武者の怨霊は消えたが、まだ〝時を超える眼〟の効力は残っておるからの。気を抜かず、他の霊達にも気をつけるのじゃぞ?」
だが、思い出したかのように振り返ると、最後にそう付け加える老人。
と、その時、また耳元で、
「なあ、おまえ、ほんとは見えてるんだろ?」と霊の声が。
(城下町怪遊 〜落武者の怨霊に追われて〜 了)
城下町怪遊 〜落武者の怨霊に追われて〜 平中なごん @HiranakaNagon
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