城下町怪遊 〜落武者の怨霊に追われて〜

平中なごん

プロローグ

〈プロローグ〉

 信州松本市……雄大な北アルプスを望み、天守が国宝指定されている五城の一つ、松本城を中心に発展した城下町である。


 観光でこの町を訪れた私は、駅から松本城へ向かう道すがら、目抜き通りに面した真新しい博物館を見かけた。最近開館したばかりの市立博物館で、老朽化した旧博物館からこちらへ移転したのだという。


 先に松本の歴史を学んでから見に行った方が、より松本城を楽しめるんじゃないかな? と考えた私は、予定を変えて立ち寄ってみることにした。


 館内には江戸時代の城下町を再現した精巧なミニチュアや、古書に描かれた新年の初市を実物大で立体化した巨大ジオラマなどなど、様々なおもしろい展示がなされていたのだが、そんな中にあった戦国時代の甲冑を、なにげなくぼんやりと眺めていた時のこと……。


 それは面貌めんぼうという顔を覆うお面のような防具もついており、くり抜かれた眼の部分は当然、真っ黒な空洞になっていたのだが、突然、その二つの空洞がギョロっと、生きた人間のように眼を見開いたのだ。


「うわっ…!」


 私は短い悲鳴をあげるとともに、思わずその眼とまじまじ見つめ合ってしまった。


 ……ありえない……展示されている甲冑に生きた人間が入っていることなどあるわけがないし、中身は空の鎧兜の眼が開くはずもない。


 だが、そこには確かに二つの眼が爛々と妖しげな輝きを放っている……じっとこちらを睨み返すその眼の色には、怒りや憎しみ、怨念といった負の感情が宿っているように感じる……。


 幽霊? 武士の怨霊? それがなんなのかはわからないが、とにかく恐怖を覚えた私は慌てて博物館を逃げ出した──。

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