こだわる男

旗尾 鉄

第1話

 私は中古物件を扱う不動産会社に勤めている。

 これから、内見予約のお客様をご案内する予定だ。


 お客様は鈴木様。いくつかの要望があり、今日はガレージ付きの一戸建てを三件、回る予定である。


 約束の時間数分前、店の自動ドアが開いた。Tシャツにソフトジャケットの男性が入ってくる。スーツを着ていれば、ごく普通のサラリーマン風だ。年齢は三十代から四十代、私よりも少し若いくらいか。


「内見の予約をした鈴木ですけど」


 私はすぐに応対した。


「鈴木様、お待ちいたしておりました。担当の橋本でございます」


 名刺を渡すと、男性は軽く頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では、さっそくご案内いたします」


 社用車の助手席に鈴木様を乗せ、私はハンドルを握った。






 一件目は、分譲住宅地の外れにある物件だ。

 最初はまず、お客様の要望にある程度合わせつつも、当たり障りなく無難な物件を紹介する。無意識のうちに、客の期待値を少し下げてやるのだ。これが私流である。

 本命は二件目以降だ。


「いかがでしょうか。ガレージ付きの一戸建てです。静かな環境ということで、こちら近くに中学校がありまして、文教地区ですので、騒々しい商業施設等が建つ心配もありません。広めのお風呂をご希望でしたので、こちらは一般的なユニットバスよりも一回り大きい浴室となっております。ご要望の地下室も、小さいながら備わっております」


 ひととおり案内したが、鈴木様はいまひとつ反応が良くない。


「うーん、イメージ違うなあ。静かな、っていうの、上手く伝わらなかったかな。僕、近所付き合いとかそういうの苦手なんですよ。だから、田んぼの中の一軒家みたいなのがいいんですけど。それと風呂ですけど、もっと広いのがいいな。たとえば、浴室の床で寝転がっても大丈夫、みたいな」


 浴室で寝転がるとは妙なたとえだが、比喩としてはわかりやすい。なるほど、この客は妥協しないタイプのようだ。だがそれなら、二件目と三件目を見せるにはむしろ好都合である。


「これは失礼しました。そういうことでしたら、次の物件のほうがお気に召すかと」


 私たちは、二番目の物件へと向かった。






 二件目は鈴木様の希望どおり、田畑に囲まれて建つ一軒家である。農地が広がるなかにぽつりぽつりと民家が建っていて、隣の家とは百メートルほど離れている。

 私としては、要望を聞いたときからかなり自信がある物件だった。


「こちらになります。ガレージは鈴木様ご希望のインナーガレージです。元の所有者様がお風呂好きだったとのことで、ジャグジー付きの豪華な浴室がセールスポイントになっております」


 鈴木様は一部屋ずつ、丁寧に見て回る。一件目より、明らかに反応がいい。だが、どうしても気に入らない点があったようだ。


「けっこういいですね。でもね、地下室がね。あれだと、ちょっとした物置程度にしかならないですよね。地下室はねえ、ホビールームとして使いたいんですよ。趣味の城として、僕にとって大事なスペースなんです。もうちょっと、なんとかならないですかね」


「実は、地下室が一番いいのが三件目なんですよ。前のオーナーさんは音楽が趣味で、防音室にしてクラシック鑑賞や楽器の練習に使ってらしたそうです」


「ああ、いいなあ。ぜひ見たいです」


 私は心の中でほくそ笑んだ。成功である。三件目の物件は、良いことは良いのだが立地条件などを考慮すると割高で売れにくいのだ。


 私は喜び勇んで、車を走らせた。






 三番目の物件は、住宅地からは離れた場所にあった。

 新しい県道が通っていまは往来がすっかり減った旧道から、脇道をさらに少し奥へ入ったところに、ぽつりと建っている。周囲は雑木林や草ぼうぼうの空き地が多く、正直言って交通アクセスは良くない。


 だが鈴木様は、この物件がすっかり気に入ったようだった。


 あちこち入念に見て回る。特に、売りの地下室には時間をかけた。


「いかがでしょう。地下室はウチの物件の中でもトップクラスです。インナーではありませんがガレージはありますし、浴室もご希望に沿う広さかと。ただ、駅からは遠いので交通の面だけはネックですが」


「うーん、いいですねえ。すごくいいです。僕の場合、移動は車なんで交通アクセスは気になりませんしね。前向きに考えさせていただきます」







 こうして、おおいに好感触を得て内見は終わった。

 鈴木様を駅まで送り、会社へと帰る。


 今日の内見は、我ながらかなり上出来だったと思う。

 近いうちに契約することになるだろうな。


 それにしても。


 私はふと思った。


 彼はあの家で、どんな暮らしをするのだろう。

 内見は一人で、家族の話は一度もしなかったから、独身に間違いないだろう。

 人里離れた一軒家で、広い風呂につかり、地下室で趣味を楽しむのか。


 私は、それ以上考えることを止めた。


 不動産屋と客は、あくまでも物件を介しての付き合いだ。そこから先の、生活やライフスタイルのことを詮索したって意味がない。






 気分を変えようと、カーラジオをつける。

 ラジオからは、ちょうど夕方のニュースが流れてきた。


「……次のニュースです。K市の民家で若い女性の遺体の一部が発見された事件について、警察は殺人事件と断定し、捜査を続けています。発表によりますと、女性はこの民家の地下室で監禁、暴行ののち殺害され、浴室でバラバラに切断されたものと見られます。なお、この家の名義人である男性が行方不明となっており、捜査当局ではこの男性がなんらかの事情を知っているものとみて……」



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こだわる男 旗尾 鉄 @hatao_iron

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