もしかして妖怪住んでる!? 一人暮らしの住宅内見

帝国妖異対策局

紹介されたのは怪しい元旅館

「三浦春風様ですね。お待ちしておりました。私、この楓荘の管理人をしているハチと申します」


 銀髪の美しい女性が俺に向って丁寧にお辞儀する。


「それではお部屋をご覧いただく前に、まずは建物のご案内をさせていただきますね」


 ニッコリと微笑む女性に、俺は見惚れてしまった。


 艶やかな銀の髪、切れ長の目にオレンジ色の美しい瞳。陶磁のように白くきめ細やかな肌。瑞々しい桃色の唇はとても柔らかそうで、触るときっとプルンと指を押し返してくるに違いない。


「あの……ご案内しても?」


「あっ!? ハイ! 宜しくお願いします」


 ぶしつけな視線を向けていたことに気付いて、俺は顔を真っ赤に染め上げる。女性は、そんなことを気にする様子もなく、建物の中を案内し始めた。


 捨て子だった俺が、三浦家に引き取られて十年。少しでも早く自立するために中学を卒業したら、三浦家を出て働こうと決めていた。


 だが三浦家の当主は、大学を卒業するまでは家にいなさいと頑として譲らなかった。


 当主を始め三浦家の人々は本当に良い人たちだ。


 だからこそ、俺は一刻も早く社会に出て恩返しをしたい。

 

 話し合いの結果に辿り着いた結論が、三浦家が所有する楓荘への入居だった。


 元々は旅館だったこの建物は、現在、帝国妖異対策局という怪しげな組織の本部となっている。かつて客間だった部分がスタッフたちの寮として機能しているらしい。


 家賃は五千円という超破格。飯付きで、風呂は男女に分かれた大きな浴場。


 しかも、一階部分では喫茶店やゲームコーナーが営業を続けていて、恐らく近所に住んでいると思われるジジババやガキ共が集まっている。


 そして、俺はそこでアルバイトさせてもらうことになっていた。


 高校に通わせてもらう上、一人暮らしまで許してくれた三浦家には、本当に感謝しかない。

 

 感謝しかないので、多少のことは目をつぶって頑張ろう!


 そう俺は心に決めた。


 だから……


 目の前の美人の頭の上に、黒い棒のようなアンテナ? が浮いていても気にしない。

 

「こちらが喫茶兼食堂兼広間になります」


 銀髪の女性に案内されてやってきた食堂は、恐らくは元旅館の宴会場。低くて長いテーブルと座布団が並べられていた。


 テーブルの端で、食事をしている黒髪ポニーテイルの少女とふと目が合った。少女は、ちょうど大きなから揚げを口の中に放り込もうとしていた。


 大きく開かれた彼女の口には、大きな二つの牙が覗いている。


「あ、あげないですよん!?」

「いらないです」


 少女の本気の問いかけに、俺は思わず返事をしてしまった。


「真九郎様、こちら三浦様からご紹介いただいた……」


「あっ! 新しい住人さんですかん! もぐもぐ……」


 黒髪の少女が唐揚げを咀嚼し終えるまで、俺と銀髪の女性は待った。


「んっ! 食事はいつもハチさんが作ってくれておいしいですよん! 毎日食べられるので、ここに住むのはお勧めですん!」


「まぁ、真九郎様。お褒め頂きありがとうございます」


 銀髪美人のハチさんと真九郎と呼ばれた少女が、楽しそうに会話をしている間、俺の視線はある点に釘付けとなっていた。


 それは、真九郎と呼ばれた少女の、巨乳によってはち切れんばかりのTシャツに対してではない。


 それは、目の端でとらえているだけだ。


 俺が注目しているのは、黒髪の上に飛び出ている白い二本の角だ。


 お、鬼?


 俺は困惑した。


 困惑したが、


 高校に通わせてもらう上、一人暮らしまで許してくれた三浦家には、本当に感謝しかない。

 

 感謝しかないので、多少のことは目をつぶって頑張ろう!


 そう俺は心に決めた。


 それからハチさんに、建物の中をあちこち案内してもらった後、俺は入居予定の部屋を見せて貰った。


 元々、旅館の客間ということもあって、それなりに広い上に採光も十分。清潔で明るい感じがする良い部屋だった。


 うん。


 色々と気になるところはあるけれど、ここに住まわせてもらうことにしよう。


 廊下に出た俺は、ハチさんに振り返りながら言った。


「えっと、ハチさん? ぜひ、ここでお願いしたいです」


 両手の指を胸元で絡ませて、ハチさんが嬉しそうな表情になる。


「そうですか!? よかったです!」


 アンテナとか角とかそんなの全部が吹き飛んでしまうような、輝かしい笑顔だった。


 ガラッ!


 突然、隣の部屋から女性が出て来た。


「ハチさん、おはようっす。朝飯まだ大丈夫っすか?」


 タンクトップとパンツだけの少女が、寝ぐせでボサボサになった黒髪の間から、こちらを見つめてきた。


「「あっ!?」」


 そしてお互いに固まった。


 それは、俺がタンクトップ少女の白い素足とパンツに目を奪われたからではない。


 それは、目の端で脳内録画している。


 俺が固まった理由――


 それは、彼女が巨大な一つ目で俺を見つめていたからだ。


 ひ、一つ目小僧……少女!?


「ハッ!」

 

 驚く俺の視界を、ハチさんの手が塞いだ。


「ホッ!」

 

 一つ目少女の気合が入った声の後、ハチさんの手が俺の目から離された。


 俺の目の前には、黒いヘルメットを被ったタンクトップ少女が立っていた。


「……」※タンクトップ少女

「……」※俺

「……」※ハチさん


 コホンッ! とハチさんが咳払いをする。


「こちらはお隣の部屋の一目瞭子さんです。彼女は目が弱くて……その……紫外線に敏感で、普段はこうしてヘルメットを付けて過ごされています!」


 ハチさんの説明を聞いて、タンクトップ少女のヘルメットがガクンガクンと上下に揺れた。


「ひ、一つ目……」


 俺が思わずつぶやくと、


「「そ、そんなわけないじゃないですかー」」


 ハチさんとタンクトップ少女がハモった。


 嘘下手かっ!?


 俺は困惑した。


 困惑したが、


 高校に通わせてもらう上、一人暮らしまで許してくれた三浦家には、本当に感謝しかない。

 

 感謝しかないので、多少のことは目をつぶって頑張ろう!


 そう俺は心に決めた。


 こうして俺、三浦春風は楓荘に住むことになった。


 管理人の頭にアンテナ浮かんでいようが、角が生えてたり、一つ目の住人が居ようが、それくらいのことで一人暮らしを諦めたりはしない。

 

 だが――


 この建物には、まだまだ沢山の秘密が隠されていた。


 だが、その事実に直面するのは、俺が入居してから後のことである。



 

~ おしまい ~













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