KAC20242 住宅の内見

だんぞう

住宅の内見

「言っとくけど私はまだ認めたわけじゃないからね」

「ちょっと待てよ。ここまで来て」

 展示場の案内係も困った眉毛になっている。

「その話は散々して、もう決めただろ?」

「あなたの中でだけ、でしょ? いつもそう。私の顔色うかがうフリして結局はいつも自分で決めちゃうの」

「違うだろ!」

 妻が大袈裟にビクつく。

「ごめん。つい声を荒げてしまった」

 周囲に聞こえるように謝罪する。

「あの、大きなお買い物ですし、ご家族でしっかりお話し合いになられてからでも……」

 案内係は俺たちの顔を交互に覗き込む。

 だが日を改めたらこの激安物件はもはや残っていないだろう。

 空調にトイレまで完備でこの価格なんて!

「私、やっぱり嫌よ」

「使うのは俺だぞ?」

「だって事故があったんでしょ?」

「だから自然死は事故じゃないと何度も」

 大きくなりかけた声のボリュームを落とす。

「言っただろ」

「でも直接肌に触れるんでしょ?」

「あの、お客様。クリーニングは完璧に施しておりますので……」

「ほーら」

「今までみたいに借りるんじゃダメなの?」

「自分好みにカスタマイズしたいんだよ」

「とか言って、飲み屋で自慢したいだけじゃないの?」

「違うって」

「じゃあなんでよ」

「それは……」

 家の中を再び覗き、憑いている老人と目が合う。

 金持ち老人が「死ぬ前に宇宙を見たい」と購入したものの打ち上げ前に心停止――ってとこまで俺には視えているのだが、視えない妻はきっと信じない。


 地球総人口の二割が宇宙を体験するこの時代、宇宙における拠り所たる宇宙服を人々は「家」と呼び、宇宙服の販売所は「住宅展示場」と称される。

 以前、出張で着たレンタル住宅は、経理が経費をケチったせいで事故物件だった。

 しかし私は視た。住宅に憑いた霊が成層圏を越え無重力地帯に到達したら離れたのを。視える同僚も似た体験をしている。

 天国というだけあってやはり雲の上にあるのだな。この家に憑いてる老人も天へ上がりたがってるし。



<終>

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