魔王がにゃんと?

八木寅

魔王がにゃんと?

 クリスマスイブ。


 きっと普通ならば、街にはクリスマスマーケットが並ぶのだろう。甘い焼き菓子の香りやお肉の焼ける匂いが鼻をくすぐり、大人は美酒に酔いしれるのだろう。


 なのに、街には人の笑い声はない。重い灰色の雲の下、北風が悲鳴を上げるように通るのみ。


 風と袋を担いで歩くボクだけが通る道。

 家々のカーテンや木戸はかたく閉ざされている。ロウソクやツリーの灯りが漏れてくることもない。


 みんな、魔王に恐怖して引きこもっているのだ。


「楽しいクリスマスを迎えるために、ボクは戦う!」


 そう宣言して立ち上がったボクに、ついてくる人はいなかった。


「そんなのは、恐怖心がないバカだから言えるんだ」

「ヤツに挑んだってムダさ」

「おとなしく従ってれば、暮らせるんだからいいじゃないか」


 だれも真剣に取り合ってくれなかった。いっしょに戦いに行く者はいない。


 しかし、家族だけは違った。


「こんな立派な青年になった孫を持って幸せじゃ。これで魔王を退治するのじゃ」


 おじいちゃんはボクの話を聞くと、なんか液体を調合して渡してきた。

 いつもなにやら実験していて、ときには役立つものを作り出しているおじいちゃんは、魔術師だなんて言われている。


「これで? どうやって?」


「クリスマスの焼き菓子にでも混ぜて、魔王に食べさせてみるがいい」


「うまくいくかな?」


「いくとも。ヤツは七つの大罪(傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰)を全て持っているがゆえに、よく食べる。わしらのぶんまで食べちまってるじゃないか」


「そうだね」


 ボクは食べ物屋が消えた街を思いだして、ため息をはいた。

 みんな自分の食べるぶんを用意するので精一杯。余ったものはたいがい魔王にせしめられる。


「よし。じゃあ、お菓子を作って持っていってみるよ」


 と言うことで、ボクは焼き菓子が大量につまった袋を担いで魔王の根城へと向かっている。


 お菓子作りは、お母さんや兄弟が協力してくれた。話を聞いて、お母さんは予備のために隠していた小麦粉や砂糖をごっそり出してくれ、人ひとりはいるくらいの袋にいっぱいのお菓子が作れた。


「なんの用だ?」


 魔王城にたどり着くと、門番はお酒を飲んでいた。とても眠そうで、ボクに対応するのがとてもめんどうくさそう。

 今ならボクの弱いこぶしでも倒せそうな感じだ。ソイツにはとがった耳やキバや尾があって、まともにくらったらひとたまりもないけど。


 普通の人間弱いボクらが戦いにくるなんてありえないから、コイツらはこんなにものんびりしているのだろう。それか、もともと怠惰なだけかもしれない。


「これを魔王様に」


 ボクが袋を開いて置くと、門番は「味見だ」とか言いながら袋のなかに手をつっこんだ。


 ひとかじり、「うまい!」とソイツは目を丸くした。

 

 けど、もうひとかじり口にしようとしたとき。ソイツの体は縮みだした。耳もキバも尾もみるみる縮み……


「ニャアー」


 猫になった。もっと食べるものが欲しいのか、ボクの脚にすりすりしてくる。


 まさか。おじいちゃんの得たいの知れない液体がこんなものだったなんて。


 でも、猫に驚いたりかまったりしている場合ではない。目的は魔王退治なのだ。


 門番が猫になってしまったので、ボクはひとりでずんずん奥へと進んだ。門番は甘えた声で鳴きながらついてくる。


「キサマ、なにをしている」


 途中、門番よりもいかついヤツが立ちふさがった。


「これを魔王様に」


 ボクが袋を開いて置くと、ソイツも「味見だ」とか言いながら袋のなかに手をつっこんだ。

「うまい!」と、笑顔になり、猫になった。


 それから次々に、手下らしきヤツらと会うたびに、猫が増え、ついてきた。

 どうやら、七つの大罪の一つ、暴食をここにいるヤツらは全員持っているらしい。そりゃあ、こいつらのせいで街は食料不足になるわけだ。


 とうとう黄金に輝く部屋にやって来た。

 手下たちよりひときわ大きい男が、金のソファに鎮座していた。美女をはべらせ、果物や肉に手を伸ばし、酒を飲んでいる。


「あなたが魔王ですか」

「いかにも。吾輩になんの用だ。猫なんか連れてきおって」


 魔王は耳やキバだけでなく、目も声も鋭い。

 ボクは恐ろしくなって逃げたくなった。でも、魔王退治が目的だし、猫の鳴き声に恐さは吹き飛んだ。


「これを魔王様に」


 ボクが袋を開いて置くと、魔王も「味見だ」とか言いながら袋のなかに手をつっこんだ。

「うまい!」と、尾をきげんよく揺らし、ヤツも猫になった。



 こうして。ボクは猫を引き連れて街に戻った。

 おじいちゃんはブイサインを送って喜んでくれた。けど。


「こいつらが魔王の根城にいたやつらなのか」

「これで魔王を退治したと言えるのか」

「だれが世話をするんだ」


 元魔王軍団の猫を人々は気味悪がるばかりで。


「こんなに多くの猫を養うのはムリです!」


 お母さんにもしかられる始末。


 そのうち猫たちは気ままに眠りだしたり、おいかけっこをしたり、ネズミを取って食べたりしだした。


 遠巻きに見ていた人々はやがて。「かわいい」だとか「役に立つ」だとか言って、一匹、二匹ともらわれていった。



 クリスマスの朝。街は活気を取り戻した。

 人々の笑い声と猫の鳴き声が聖歌といりまじる。


 うちで飼うことになったヤツは鳴かない。ひときわ大きくてふてぶてしく、もらい手がいなかったヤツ。食べては寝てばかりで、家の一番居心地のいい場所にいる。

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