住宅の内見に行ったら死んだはずの君がいた。

三愛紫月

再会

「奥様、どうですか?キッチンは、三口コンロになっているんです。それから、キッチンはコの字型になっていましてシンクは2つあるんですよ」

「あの……」

「あっ、はいはい。そちらはですね。旦那様……」

「いえ、さっき誰に話していましたか?」

「誰っていいますと……?」

「キッチンから奥様とか聞こえたのですが……」

「えーー、奥様ですよ。ほら、前にA地区のモデルハウスを見に来てくれた時に一緒にいらしたじゃないですか。セミロングで、素敵な笑顔を浮かべていて」

「妻ですか?」


俺は、スマホを取り出して待受を見せると担当者の小西こにしさんは、「そうです。そうです」と笑いながらも不思議そうな顔で見つめてくる。


「妻も一緒に来てました。すみません。俺は、大丈夫なんで……。妻に説明して下さい」

「かしこまりました」


小西さんは、キッチンに向かうと戸棚を開けて説明している。

まさか、内見の日を覚えててくれたなんて……。

俺は、リビングから小西さんが見つめる視線の先を追っていた。



二週間前。

妻の明菜あきなは、事故で死んだ。

歩道橋から落ちた転落死。

目撃者の証言を元に警察が話した内容はこうだった。

仕事を終えた明菜が、いつもの歩道橋を歩いていると酔っ払いが明菜にぶつかった。

雨上がりで地面が濡れていた事もあり、ヒールを履いた明菜は滑って歩道橋の下に叩きつけられたのではないかという話しだ。

酔っ払いは、今だ見つかっていない。

俺は、あの日から犯人を探していた。

故意ではなかったのは、わかっている。

人通り、車通りの少ない場所であったので発見された時にはすでに手遅れだった。

警察の方からは、酔っ払いが救急車を呼んでくれていたら助かっていた

と言われた。

故意じゃなかったなら、せめて救急車を呼んでくれればよかったんだ。

そうすれば、明菜は死ぬ事はなかった。


「こちらのリビングから見えますのは、お庭になります。広さは、十分ありますからお子様が出来ても遊べますよ。ブランコなんて置いたりは、どうでしょうか?旦那様も、どう思われますか?」

「遊具を庭におけるのはいいね。子供が出来たら喜ぶだろうね。でも、子供はいつになるかわからないから……」

「確かにそうですよね。子供は、授かり物ですから……。私も結婚して20年目にようやく出来たんですよ。二週間前に産まれたばかりで」

「そうですか……20年出来なかったなら、嬉しかったでしょう」

「はい。めちゃくちゃ嬉しかったですよ。珍しくベロベロになるまで飲んじゃいました」

「そうでしょう、そうでしょう。女の人を突き落とすぐらいベロベロにね」


小太りの小西さんは、夏でもないのに汗を拭い始める。


「三沢さん、どうされたんですか?いきなり、そんな事を話されても……」

「すみません。忘れて下さい」


俺は、にこりと笑って玄関に向かう。


「三沢さん、奥様を置いて行かれてますよ」


玄関で、靴を履く俺に小西さんが声をかけてくる。


「あーー、それなんですがね。いい忘れていたんですけど、俺の妻は二週間前に亡くなったんですよ。歩道橋の下に落ちちゃいましたね」

「えっ……と」

「まあ、妻がこのお家を見たがっていたので一緒にこれてよかったです。それじゃあ、ありがとうございました」

「待って下さい。三沢さん。一人にしないで下さい」


小西さんのすがるような目を無視して玄関を出る。

明菜。

ちゃんと俺との約束守ってくれてありがとう。

俺は、その足で交番に向かう。



「明菜、明菜。誰がこんな」

「手すりに指紋がついていたんですが、うちで管理されている指紋の中に明菜さんにぶつかった酔っ払いに該当する人物は見つかりませんでした。三沢先輩、力及ばずすみませんでした」

「槙本(まきもと)が、謝らなくていいよ」


高校時代の後輩である槙本は、刑事になっていた。


「明菜は知ってるんだろ?見たんだろ?だったら、俺にどうにかして教えてくれよ。教えてくれよ」

「三沢先輩……」

「指紋が合えば逮捕できるんだよな?槙本」

「はい。保護責任者遺棄罪にはなると思います」

「そうだよな。そうじゃなきゃ、明菜が浮かばれないよな」

「はい。もし、何かわかりましたら遠慮せずに俺に言って下さい」

「わかった」


明菜の事件は、事故だって事になって終わっていくものだって思ってたよ。

証拠がないから仕方ない。

諦めるしかないって……。



「槙本」

「三沢先輩、どうしましたか?」

「まだ、明菜の事件は事故としての処理されてないよな?」

「はい。明日には、事故として処理される事になってます」

「よかった。じゃあ、間に合ったんだな。これ」

「何ですか、これ?3LDKの戸建てですか?三沢先輩、戸建てに住むんですか?」

「そうじゃない」

「えっ?」

「明菜を突き落とした酔っ払いの指紋がついてる。ここに……」

「ま、まさか」

「見つけたんだよ」

「すぐに照合してもらいます」


槙本は、チラシを持って走って行く。

これで、きっと大丈夫。

大丈夫なはずだ。


「明菜、ありがとう」


さっきの戸建ての立っている方角に向かって呟いてから、俺は歩き出す。

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住宅の内見に行ったら死んだはずの君がいた。 三愛紫月 @shizuki-r

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