異世界で住宅の内見
玄栖佳純
第1話
不慮の事故で亡くなった。
直前まで元気だったのにあっけなく。
死後の世界のようなところに行き、この後どこに行きたいのか希望を聞かれたので、異世界に転生することにした。
「お勧めはしませんけど」
係の人に言われた。
「夢にまで見た異世界転生!」という気分で異世界に転生した。
ゲームやアニメで見たような景色が広がっていた。剣や魔法があふれている世界。憧れの異世界生活が待っている。
そう思っていたけれど、異世界に生まれてみたら思っていた以上に面白くなかった。マンガやアニメやゲームは面白いところをピックアップしてあるだけだった。
自分が体験していたのは、それまでの世界と同じような毎日の繰り返し。
しかも、一般庶民だったのでチート能力がもらえなかった。
「神様ならチートできたかもしれませんが、私は一般事務なので」
スーツにメガネという一般事務の鑑のような姿の係の人から言われた。表情筋が乏しいのか、淡々と言うだけだった。
神は一般人の転生に関わったりしないらしい。アニメのような物語として人々に語られるのは、特殊な例だからなのかもしれない。
冒険に出ようかとも思ったけれど、チートなしでは
剣が刺さったら痛いし魔法を覚えるには素質が必要。何もできない庶民を仲間にしようという酔狂な冒険者もいない。そういうのが居た場合、ろくでもないことに使われるのがオチ。
美味しい話には裏があるのだ。
「安定した生活をが一番。冒険など行かず、定住しよう」
そう思い、住む家を探した。
見つからなかったので、係の人を呼んだ。
呼んだらすぐに来てくれた。
「住む家がないんですけど」
そう言うと、係の人はタブレットのような板を出してすいすいとページをめくる。
「これなんかどうですか?」
事務的に見せられた。図面と簡単な条件が書いてあった。
「これ見てもわからないんですけど」
目がチカチカする。家探しなどしたことがない。
「では内見しますか?」
「内見?」
「実際に部屋を見ることです」
「お願いします」
部屋まで連れて行ってもらって見てみた。
「どうですか?」
「可愛いんですけど、実際に住むにはちょっと……」
掃除が大変そうだ。
「そうですか。じゃあ次の家を見ましょう」
見に行った。
「どうですか?」
ボロい。次に行く。
「どうですか?」
「思っていたよりいいですね。これにします」
「お値段がこんな感じですけど」
タブレットみたいな板に書かれた値段を見せられ、やめた。
何件も見たけれど、決め手がなかった。
「では、これはいかがでしょうか」
例の板に、見覚えのある図があった。
どこで見たのだろう?
それがわからなかったけれど、確かにどこかで見た気がした。
「ああ、はい。お願いします」
内見に連れて行ってもらった。
見覚えがあるはずだった。
「これにしてもいいんですか?」
係の人はうなずいた。
前世で住んでいた家だった。
「その代わり、異世界転生はできなくなります。元の身体と元の世界に戻ってください」
「戻れるんですか?」
「はい。あなたは死んでいないので」
係の人は淡々と答えた。
「戻ります。異世界は思っていた以上に普通でした」
「それがいいですね」
係の人がはじめて笑った。
気が付くと病院だった。
瀕死の重傷を負い、しばらく意識が戻らなかったらしい。
リハビリは大変だったけれど、これも悪くない。戻ってみて、自分がこれまでいた世界が悪くなかったことに改めて気づいた。
しかし、人はどうして異世界転生を好むのだろう。
異世界に行ったとしても、普通の人は普通のままなのに。
異世界で住宅の内見 玄栖佳純 @casumi_cross
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