【KAC20242】 とある内見
蒼色ノ狐
とある内見
「どうですか? これ以上ない物件だと思いますが?」
「……」
とある事情で引っ越しを決意したサラリーマンの自分。
不動産会社に行き、真っ先にここに内見に案内された。
これ以上ない程にココの素晴らしさをアピールしてくれた女性には悪いが、答えはもう決まっている。
「ここはあり得ません」
「何故でしょう? これほど好条件な物件はそう無いと思われますが?」
確かに好条件だ。
部屋もかなり広く豪華な家具家電付き。
築何年も経っていないだろう新築である。
だが、ここに住むのはあり得ない。
「……本気で理由を知りたいですか?」
「はい」
何の迷いもなく言い切る女性の態度に、押さえていた何かが外れて湧き上がる。
「では言わせてもらいます! 何で! ……何で!!」
俺は息を全て吐き切るように叫ぶ。
「何でアナタの所のご令嬢との結婚が条件なんですか!! というか此処は彼女の家の屋敷内に建てられてるじゃないですか!」
それは何でもない日の通勤している時であった。
有名なお嬢様校の制服を着ていた少女が痴漢にあっていたのである。
見て見ぬ振りも出来ずに痴漢を少女から引きはがし、捕まえようとしたが逃げられてしまった。
そして、名前も名乗らずに少女の元から去っていく自分。
……その日はそう平和に終わったのだ。
翌日に前に住んでいたアパートに押しかけて来たのは、筋肉ムキムキの黒服たちに護衛された少女であった。
彼女が日本はおろか世界でもトップクラスのグループ会社、その一族の令嬢である事は無駄に長いリムジンに乗せられて聞かされた。
そのまま自分には一生縁のない屋敷に入ると、彼女の両親から何度も頭を下げられてお礼を言われた。
何でも社会勉強で乗っていたらしいが、護衛とはバラバラになってしまったらしい。
それで済めば貴重な体験をした、それだけの話だ。
だが事もあろうに、彼女の両親はとんでもない事を言い出したのである。
「この子を嫁にもらって欲しい」
その言葉に思考が考えるのを放棄しているというのに、彼らはまくし立てるように説明していく。
曰く、あの日から娘が自分に惚れている。
曰く、嫁がせるなら人格者がいいと前々から思っていた。
などなど理由を言っていたが、思考がアンドロメダ星雲まで飛んでいたので半分も覚えていない。
何とか思考を不時着させ、考えさせてほしいと言うのが精一杯であった。
その日からである。
彼女が何かと理由をつけて家にやって来るようになったのは。
ある時は仕事から帰ると、エプロンのみを身にまとって。
またある時はメイド服を着てお出迎え。
さらには学生服のまま会社にやって来て手作り弁当を持って来たこともあった。
会社は色んな意味で騒動になった事は、言うまでもない。
弁当は美味しかった。
そのような事が続き、俺は彼女に黙って引っ越しを決意したのである。
気持ちは嬉しいがこれ以上はメンタルがもたない。
そう決めて即決で彼女の会社の系列とは関係ない不動産屋に足を運んだ。
……はずであった。
「何をおしゃってるかワカリマセン」
「嘘つけぇ! というかあんた彼女のお付きのメイド長でしょうが!」
そう、待っていたのはいつも見かけるメイド長スーツバージョン。
急いで脱出しようとするのを塞いだのは、いつもの黒服たち。
そのまま住宅の内見という名目で連れてこられたのは、彼女のテリトリーだったという話である。
「そうです。メイド長ですが何か?」
「開き直りしないでください! と言うか何で不動産に行く事を!」
「それは勿論隠してある盗聴器……。と言う名のお嬢様の愛の力です」
「誤魔化す気あります!? というか犯罪ですよね!!」
「……フフ」
「その笑みは何!?」
叫びすぎて息を荒く吐く様子を見ながら、メイド長は肩を竦めながら聞いてくる。
「そもそも何故そこまで拒否をするのですか? 言い方はアレですけれど、これ以上ない話だと思いますが?」
「……」
「運動良し、頭良し、性格良し、顔良し、スタイル良し、そして家柄良し。これ以上何が不満なのですか?」
「いや、何って……」
「童貞の件ならご安心を。お嬢様も……」
「違うわ!! というか何で知ってんだ!!」
メイド長の言葉にガシガシと頭を掻きながら、溜まったものを吐き出すように答える。
「……偶々助けただけでこんなに好かれるなんて、現実感がなくて」
「なるほど。つまり誰でも良かったのではと思ってらっしゃる、と」
「いや、そんな風には」
「言ってないだけで思ってらっしゃる。そういう言い方でしたよ」
「……」
「こんな言葉を知っていますか? 『恋は目ではなく心で見るもの』。シェイクスピアの言葉です」
「……一体どういう意味なんです」
「さぁ?」
「は?」
思わぬ言葉に固まっていると、メイド長は大きくため息を吐く。
「この言葉は広く知られていますが、その本質を分かるのはごく僅かでしょう。ですが多くの人がこれを名言だと言っています。つまりは何となくですよ」
「何となく」
「ええ何となく。いいんじゃないんですか、そんなに深く考えなくとも。少なくともお互い思い合ってさえいれば」
「……」
これ以上ないほど適当な論理。
だというのに、既に心は定まってしまった。
「……彼女が卒業するまでは待つ。それが条件だ」
「そうですか」
そう言ってメイド長は何故かクローゼットに向かい、開ける。
そこにはセクシーな服装に身を纏った彼女がいた。
「え?」
「では両者の同意を得たという事で、まずは体の相性を確かめましょう」
「は? は?」
メイド長が言っている言葉を耳が拒絶するが、目はしっかりと見ていた。
まだ学生だと言うのにその目は捕食者の目をしていた。
その視線に縛られるように動けない中、メイド長は鍵を閉めたりカーテンを閉めたりムードのある音楽を流したりしつつ服装を緩める。
「不束者ではありますが、円滑に進むように補佐をさせてもらいます。ああ、これもある意味で内見ですね」
「……」
メイド長に言い返す気力もなく、これ以上ないほど笑顔なお嬢様に引っ張られるのであった。
結局あの家に住む事はなかったが、それよりも得難いものを得た。
……と広いベットの上で三人で寝つつ、無理やりいい話にまとめるのであった。
あとがき
深夜のテンションで書いてしまいました。
面白いと思ってくれれば幸いです。
では、また別の作品にて。
感想もらえると嬉しいです。
【KAC20242】 とある内見 蒼色ノ狐 @aoirofox
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