魔法の国の神様

まなじん

芝居の神

「…あれ?」


雅N

魔法の国である舞台の上という存在に感動していると、誰もいなかったはずの客席の後方の列に人影があるのに気付いた。ヤバい。特にやましいことをしているわけでもないのに見られてはいけないような気がして、私は急いで舞台袖まで走って隠れようとした。が…


「随分と、感激していたじゃないか」


雅N

私とその人との間には結構な距離があるはずなのに声がはっきりと聞こえた。男の声だった。誰だ。劇団の先輩や後輩でもない、このハコのスタッフさんでもない。じゃあ…この声の持ち主は誰なんだ?


「不思議でもなんでもないだろう?ここは、私の領域なのだから」


雅N

領域?なんのことだ?私が立ち止まっていると、足が勝手にまた舞台の方へ歩き出す。


「え?え?ちょ、えっ?」


雅N

意思とは関係なしに操り人形みたいに。そして中心ではなく、舞台の縁まで来ると歩みは止まった。私の正面の席には男が座っていた。それも普通の格好ではない。神社の神官のような和装。こんな場所に似つかわしくないのに惹きつけられる雰囲気を発していた。謎の男は、私を見てパチパチと疎らに拍手していた。


「素晴らしい。今まで見てきた中で最も芝居に対する熱意を感じる」

「…貴方は…誰なんですか」

「なるほど。ごもっともな質問だ。突如現れた見知らぬ存在に疑問を抱くのは当然と言える。ならばこちらも答えよう」


雅N

男はそこで柔和な笑みを浮かべると「私は、神だ」と言った。


「……神?」

「そうだ」

「何の?」

「芝居の」

「………はぁ?」


雅N

素っ頓狂な声が出た。神?意味が分からない。この男は宗教の教祖か何かか?胡散臭さしかない。


「俄には信じられないか?」

「そ、そりゃそうですよ。不審者にしか見えませんもん。い、いつからいたんですか」

「君たちが稽古をしていた時からずっとここにいたよ」

「そんなの嘘です!だったら、皆気づくはず!こんな格好の(変な男)」

「(被せて)ああそうだね。普通なら、ね。だが私は神だ。人ならざるモノだ。人間に見えるはずがない」

「でも現に私には見えている!」

「…その点については私も分からない。今までこんなことはなかった。初めてだった……この劇場が建てられたその日から私はここで行われる数多の芸事を見守ってきたよ。コンサート、ライブ、式典、発表会、そして演劇。離れられない宿命に最初は呪いだと恨んでいたが、彼ら彼女らの成長を目にするたびにとても嬉しく思うようになっていった」

「そんな……」

「今日だってそうだった。見慣れた光景のはずなのに、四苦八苦しながら自分なりの解釈で役作りに励んでいる君から目を離せなかった」


雅N

そう言って私を見上げる神様。照明が反射してキラキラと光る黄金色の瞳は、昔の私を見ているかのようだった。きっと私の想像するより遥かにいろんなものを見てきたというだろうに、幼気で純粋な眼差し。


「今の私は、魔法使いになれていますか?」

「は?なにを…」

「ここは、魔法の国なんです。どこにでも行けます。古代から中世、現代、未来、異世界にも!そして、誰にでもなれる。演劇で有名なシェイクスピアのロミオやジュリエットに、無名な作家の平凡な登場人物まで、なにからなにまで。自由に遊べるんです!まあ、ある程度の縛りはありますけど。そこはご愛嬌ということで」

「…急に饒舌になったな、君」

「あっ、すみません…」


雅N

謝りつつ、私が何故演劇の道を選んだかの話をした。


「だから、ここにいるんです。ちっぽけな理由だけど、確かに私を導いてくれた。あの時目にした輝きは嘘じゃなかった」

「魔法使い…魔法の国、か…言い得て妙だな。実際君のような小さな理由で芝居をしている人間もいないこともないだろう。私がまだ観測していないだけで」

「…あっ!じゃあ、貴方は魔法の国の神様、ということになりますね!」


雅N

そう言い放てば、神様は目を丸くしてから「そうだな…」と顔を綻ばせた。


「では、神は神らしく成り行くままに見守ろうじゃないか。君たちが無事に公演まで漕ぎつけるかを。それまでどれほどの研鑽を如何ようにして積むかを。楽しみにしているぞ」


雅N

彼は挑戦状のようなセリフを吐いた。やってやろうじゃないか、神様のお眼鏡に適うように。これからも最高の舞台を。


END

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魔法の国の神様 まなじん @manajinn-tanigami

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