茜さす部屋

水乃流

第1話

 これは、私が不動産業を営んでいた頃のお話。

 不動産業というものは、たまに自分で土地を買ったり売ったりすることもあるけれど、基本的には仲介業です。大家さんにもお客さんにも、中には変わった人もいるわけで。ま、数は圧倒的にお客さんの方が多いワケだから、当然、お客さんの方が変わった人が多い。

 風水にこだわって方向やら色やら、あげくに大家さんの名前にまでこだわるお客さんとか、契約するまでは普通だったのに入居してから豹変してクレームを入れまくってくるお客さんとか、まぁまぁ色々な人がいました。それをうまく裁くのも、腕のうちなんてね。

 中でも一番変わった……というか、変なお客さんのことを話そうと思っているんですよ。その人はね、平日の昼間にふらっと店に入ってきたんです。あのときは卒業・入学・転勤の時期でもないし、そもそも線の細い女性だったんで、少し違和感を覚えたんです。いえね、若い女性が不動産屋に来る時には、大抵男連れ。これから同棲始めます~なんて人が多い。あるいは女友達と来店することがほとんどで、女性一人のお客さんならもう少し年齢が上の、結婚五年目、旦那の浮気で離婚してこれから一人暮らしをはじめるぞー、という感じの人が多かったですね。だから、若い女性が一人っていうことが、そもそも珍しい。あいにくほかの社員は出払っていて、私が担当することになったんですが……。


「どんなお部屋を男鹿市ですか?」

「……」

「これなんかどうです? 女性専用のアパートで、セキュリティも万全」

「……」


 とまぁ、こちらが話しかけてものれんに腕押し糠にグギ。ちっとも話が進まない。こちらも油を売るのが商売じゃないんで、どうしたものかと思案していると。


「●●町の×××荘」


 聞いた途端、思わず「え?」と聞き返してしまいました。何しろそこは、立地もよく日当たりもいい、築年数は立っていますが良い物件……なのですがなぜか人が居着かない。長い人でも三ヶ月、短い人だと三日で退去してしまうという、曰く付きのアパートだったんです。なんで退去してしまうんだと、住人だった人に聞いても一向に答えてくれない。化学物質とか騒音とか、調べたけれど何もでない。困った大家さんが、格安の家賃に設定しているのだけれど、やはり短いスパンで退去してしまうという、ここら辺の不動産屋では有名なアパートです。

 出かかっていた本当に? という言葉を無理矢理飲み込んで、×××荘の見取り図を出して見せました。


「内見がしたいのですが……」


 そうですよね、図面で見るだけじゃね、実際に見てみないとね……いや、当たり前のことなんですよ、不動産業のルーティーンみたいなものですよ。でもね、少し気味が悪く思ったのは本当です。

 しぶしぶ、なんて態度をお客さんに見せるのは三流です。私は笑顔を浮かべながら、車で問題のアパートへと案内しました。アパート一棟まるまる空いているので、どの部屋でも見ることができるのですが、そのお客さんは一階の一番奥にある部屋を内見したいとおっしゃった。

 ここまでくればね、もうぐだぐた言ってられません。決めてくれれば、久々の入居者だ。頑張って案内しましょう。私はプロなんですから。


 ドアを開けて中へ入ると、ちょうど西日が部屋の中に差し込んでいて、部屋が茜色に染まっていました。


「この部屋は、少し西日が強くてね、入り口に近い方なら東向きの窓もあるんですよ。そちらもごらんになりますか?」

「いいえ、こちらで」


 お客さんは、スタスタと部屋の奥へと入っていって、中央でぐるっと回りながら部屋の中を見渡しました。


「ちょっと古いけれど、窓のサッシなんかは入れ替えてますよ。大家さんも、そろそろ流行のリノベーションでもするかなんて言ってるんですがね――」

「そう、まだ

「え? 何が――」


 私が言葉を言い終わる前に、お客さんはゆっくりと消えていきました。足下を指さしながら。


 その後、そのアパートが解体されることが決まり、解体して土を掘り返してみたら、若い女性の人骨がわらわらと出てきました。あの一番奥の部屋のあった場所から。私は、それを聞いて、不動産業からすっぱり足を洗いました。捕まる前に、逃げたわけです。

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茜さす部屋 水乃流 @song_of_earth

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