ノグチ

nira_kana kingdom

ノグチ

 俺の名は相武総理あいむそうり。新卒4年目のサラリーマンで都内住み、某有名大学卒業後ブラック企業で精神をすり減らし絶賛転職活動中の男だ。つい先日、努力が実を結び大手IT企業から内定を貰った。それに伴い転職先の近くに引っ越そうとある不動産屋を訪れているところなのだが……。


 怪しい、怪しすぎる。手に持った販売図面を見て唸る俺は目の前の不動産販売員に疑惑の目を向けた。


「う~ん、何といいますか、都内駅近2LDK、エアコン、洗濯機、冷蔵庫完備、風呂トイレ分離。しかも家賃に光熱費込みと。これ程好条件の物件がたったの家賃2万9800円て、にわかに信じがたいのですが……、嘘じゃないですよね?」


「そんなことはございません。私共、大本気オオマジ不動産は誠心誠意を心掛けておりますので。お客様のご希望に添った物件をお探したつもりですが、何かご不満等ございましたか?」


 このノグチとかいう男、胡散臭い。年齢は30歳前後か?


 気色の悪い程完成された営業スマイル。打算や謀略に満ち溢れた顔をしている。まるで詐欺にでもあっているような気分だ。見た目で人を判断する性分じゃないが、直感的にこの人間を怪しまずにいるのは難しい。


「そう言われましてもねぇ……。普通これぐらいの条件が揃っていれば10万は軽く超えると思いますが……」


 その時俺の脳裏にある1つの可能性が浮上した。


「言っちゃアレなんですが、もしかしてこの物件訳アリですか?」


「いえ、そのようなことはございませんよ、正真正銘何の問題もない良物件ですから」


「マジっすか……」


 事故物件じゃないのか?


 だとしたらこの破格の安さは一体どう説明するつもりなんだろうか。ますます疑惑の念ばかりが深まっていく。


「余計に怪しく見えますけどねぇ。何か裏がありそうな……」


「では、他の物件をお探しになりますか?ここはお客様のご希望を最大限満たしていると思いますが……」


「そこなんだよなぁ……」


 そうなのだ。この物件、俺の希望を全て満たしている。転職先の会社にも近いし、スーパーや区役所が隣接しており、駅近という好立地だけでなく、家電も全て完備されている。


 正直今の俺に家電を買う金も駅まで往復するバスの回数券を捻出する金もない。家賃もそこまで高額なものは払えない。だから、怪しいと思いつつも魅力的な物件と感じざるを得なかった。しかし、あまりに露骨すぎて胡散臭さが拭えない。


「そうですねぇ……。まあ、内見だけでもできませんか?少し自分の方でも検討する時間をいただきたい」


「ええ、もちろんでございます。内見のご予約ですね。ご都合の良い日取りはありますか?」


「そうだなぁ。じゃ、来週の木曜日の13:00からで」


「承りました。当日はどうぞよろしくお願い致します」


 ノグチは満面の営業スマイルを浮かべ、綺麗な角度で頭を下げた。今日の所はこれでお開きになった。まあ、いい。時間はたっぷりあるんだ。あの物件が訳アリじゃない訳がない。何か罠がある筈だ。それを見つけ出してやる。


 内見当日ノグチに連れられ、あの物件にやって来た。どんなひどいものを見せられても驚かないという心づもりで来た。隙あらばこの悪徳不動産屋の弱みを握ってやろうかとも考えた。しかし、例の物件は図面で見た通りの間取りで非の打ち所は全くない。ゴキブリやアスベスト、耐震性の不備も考えたがその心配もなさそうだ。2時間たっぷり隅から隅まで見たが、おかしいところは何1つなかった。この不動産屋、マジで良物件紹介してくれたじゃねーか。案外いい奴らだったのかもな。


「疑ってすみませんねぇ……。この物件の契約、前向きに検討させていただいてもいいですか?」


「はい、もちろんでございます。本当にありがとうございます」


 ノグチは深々と頭を下げた。その日の内に俺は契約し、来月には住めるよう手筈を整えた。引っ越しの依頼もして悠々自適に生活を送っていた。


 それからあっという間に引っ越しの時期がやって来た。新居に移り住み、以前とは比べ物にならない程の快適な暮らしを手に入れた。引っ越しと同時に転職先での仕事も軌道に乗り始め、全てが上手く行っているように感じた。


 しかし、半年という月日が流れた後、「本当にこれでいいのだろうか」と思うようになってきた。何かが心の奥に引っ掛かっているような気がする。原因は言わずとも分かっていた。そのモヤモヤを解消すべく俺は知り合いの探偵に電話をかけた。


「ちょっと調べて欲しいことがある」


 2週間後、自宅でくつろいでいたら探偵から電話がかかってきた。胸騒ぎがするが、今は関係ない。慌てて画面をドラッグして俺は電話に出る。


「どうだ、何か分かったか?」


「いや、それが……」


 どうも探偵の歯切れが悪い。そこはかとなく嫌な予感がする。


「どうした?」


「どうも不可解なんだ」


「大本気不動産はグループ全体としては非常にクリーンな会社だ。過去の販売実績を見るに悪質な手口を使った記録は一度もない。ある人物を除いては……」


「ある人物?」


「お前が言ってたノグチという男だ」


「ノグチさんが?


 一体何かあったのか?」


「彼は社内営業実績1位の男らしいんだ。何でも好立地で格安の物件を学生や新社会人相手に仲介し、信頼を得てるらしい。実際そのやり方で多数の契約も勝ち取っている」


「それの何が問題あるんだ?」


「ノグチが紹介している物件の詳細を調べてみたんだ。その多くが所謂、事故物件らしい」


 心臓の音が一瞬止まった。


「え?


 まじかよ、じゃあアイツが言ってた事は嘘だったのか?


 なら俺の住んでるマンションも……」


「いや、お前が住んでるところは問題なかった。でも、ほとんどの場合、自分が仲介した物件は事故物件であるということをノグチは客に隠しているらしい。過去にそこで起きた事件全て洗い出したが全ての住人がによって惨殺されている」


 全身がゾワッとした。


「何だよ、怖すぎんだろそれ。てか、それ隠すの一番やっちゃいけねーじゃん!」


「その通りだ。実態を隠したまま物件を販売する行為自体詐欺罪に問われるだろう。だが、当然過去にそういった事実があった事に気付いた住人がいてな……。不動産屋にその話を持ちかけたらしい」


「それで……?」


「驚いたことにその住人は行方を眩ましている。例外なく全員な」


 衝撃の事実の連続に息が持たない。それでも俺は食らい付く。


「え、マジ……それ?」


「その後住人達が暮らしていた物件はさらに格安でノグチによってまた別の人達に仲介されている」


「……!


 って……、ことはさ……」


 全てが点と点で繋がったような気がした。いや、この仮説は間違っていてほしいが、合っていてほしくもない。


「ノグチ……、アイツ……、わざと……!?


 いや……、馬鹿な。そんな筈は……」


 探偵は何も言わなかった。


「いや、でもさ。俺のマンションはまだ何にも起きてないんだろ?


 それにしてもこの価格異様じゃないか?」


「……、まさか!」


 突然スマホの向こう側が静寂に包まれた。


「なっ……、何だよ!


 急に黙るなって、怖いだろ!」


 しばらくすると、探偵は俺に聞こえないぐらいのボソボソ声で話始めた。


「異常価格はわざと……!?


 だとしたら奴の狙いは……」


「何ぶつぶつ言ってんだ?


 聞こえてんのか?」


 急にどうしたんだろうか。頭がおかしくなったのか?


「相武、今すぐその場から逃げろ……。異様に低い家賃は罠だ。お前のマンションが何もなかったのは……」


 ふいに部家のドアが開く音がした。


からだよ!」


 探偵との通話はそこで途切れた。

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