〖KAC20242内見〗ゴーストカウンセリングルーム~あなたの悩み、聞きましょう

月波結

カウンセリングルーム

 アパートの契約期限がもうすぐ切れる。

 大学に入る時、母親が選んだのは大学まで自転車必須の立地の鉄筋二階建ての小洒落たアパートだった。

 礼金、敷金ゼロ、家具付。

 ご丁寧に角部屋、ロフト、出窓が存在した。出窓には母親がレースのカーテンをかけた。

 順平は母親が帰郷したあと、まずそこにガンダムOOのプラモデルを飾った。出窓のレースのカーテンに、不思議とガンダムは調和した。


 アパートは基本二年契約だ。

 順平は母親に「学校により近いアパートに引っ越したい」と願った。

 母親は案の定、引越し代金が、礼金が、敷金が、ととやかく言った。けれど順平は説得に説得を重ね、三年生になると帰りが遅くなること、例えば泊まりになる日は入浴のためだけでも帰れること、今の距離では雨の日が大変なこと、などなどある事ないことまくし立てて「お願いだよ、母さん」とすがった。

 母親はかわいい息子の願いを聞い⋯⋯て、物件の間取り図を送ってくること、と条件をつけた。


 さてさて。

 不動産屋は学校を出てすぐ、まさかり担いだ『金太郎不動産』が手堅いと友人に聞いた。なにしろ扱っている物件数が多く、上から下まで、ピンキリの物件を揃えているらしい。

 順平もよく金太郎不動産の前を通り、チラッと間取り図に目を走らせた。彼にとって魅力的な、の物件が、今より安い家賃でごろごろ転がっていた。


「いらっしゃいませー」

 初めて入った店内には順平より少し歳上の女性がカウンターに座り、キョロキョロしていると「物件をお探しですか?」とやって来た。

 髪をポニーテールにしたその女性は柔軟剤の香りをふわっと漂わせた。

「あの、引越し先のアパートを探してるんですけど⋯⋯」と言うと、彼女は既にカウンターの向こうに座り「条件、お聞きしましょう」と微笑んだ。


 最初のアパートは新築物件だったが、壁がピンク色だった。有り得ない。

 次は築浅ではあったが、リフォームが万全ではなかった。

 三件目、こちらは建って半年、前の住人は一ヶ月で出て行ったきりまだ新住民が決まらないという。


 気持ちのいい部屋だった。

 2DKの部屋は、2LDKと呼べそうなほどダイニングが広く居心地が良さそうに見えた。ダイニングに面したベランダも広い。

 肝心の部屋には大きめの押し入れがついている。

 ところが、眩しい陽光が差し込むその部屋にいると、なんとも嫌な気持ちが払えない。ムズムズするのだ。なにかが五感に訴えかけてくる。


「こちらはいかがですか? 一ヶ月しか住んでないんで、部屋もキレイですよ」

 確かに新築同様だ。

 部屋も一階だったので、家賃も思ったよりずっと安い。

 とにかくキラキラしてないところは好感が持てる。


 ⋯⋯だけどダメだ。なにか、ムズムズする。


「わかりましたぁ。では三件分、間取り図お渡ししておきます。この時期、早く決まってしまうこともありますのでご了承ください」

 またの⋯⋯と女性店員は貼り付いたような笑顔で決まり文句を言った。

「間取り的には三件目、なんだけどなぁ」

 FAXを送った母親も同じことを言った。

「一ヶ月しか住んでないなんて新築と一緒よ」

 順平は、またしても母親のごり押しに勝てなかった。


 しかし、前の住人はなぜたった一ヶ月でここを出たんだろう――?

 いきなりの転勤、とか?

 住民トラブル?

 結婚······は一ヶ月以上前にわかるはずだよな。

 悶々としてみても、これ、という答えは見つからなかった······。


 ◇


 引っ越してみるとその部屋は気持ちのいい部屋で、引っ越しの手伝いにわざわざ上京してきた母親は喜んだ。

「今どきのお洒落な感じはないけど日当たりもいいし、風通しもいいし、いいお部屋じゃない。やっぱり母さんが選ぶと違うわよー。この家賃でこんな物件なかなかないのよ。学校に近くて、駅にも近くて、云々かんぬん」

 順平も初めてのひとりでの物件探しにいささか神経質になっていたのかもしれない。


 ほぼ新築の部屋はなにもかも自分のためのもののように思えて、楽しい。冷蔵庫に母親が料理を入れて行ってくれたので、レンチンして食べる。

 リビングもどきのダイニングにはカーペットを敷いて、ローテーブルを置いた。

 TV、PS5、ガンダム。もちろんWiFi完備。

 快適。


 さぁゲームの今日の分のノルマもクリアしたし、そろそろ寝るかと押し入れを開けた。母親が干してくれた布団が――。

 いや、布団は上の段にきちんと収まっていた。

 問題は下の段。


 


 下の段の右奥隅に、サラリーマンが縮こまって座っていた。体育座りだ。こちらを哀れな目で見てプルプル震えている。

 順平は困ってしまって、一度目を逸らした。

 天井を見上げて「あー」と言う。

「す、すみません。お邪魔しております」

 なんだよムズムズの原因はこれかよ。事故物件じゃねーのかよ。いや、ここ建ったの去年だし、一人しか住んでなくて事故物件の説明もなかった。家賃も普通だ。

「あ、あのぉ」

 深呼吸して、根性決める。順平は押し入れ前に胡座をかいた。


「ここに来ると話を聞いてもらえると······」

「ここは相談所じゃないですよ」

「あれー? ま、間違えちゃったかな?」


 順平は頭をぽりぽりかいた。

 いつかここに彼女と呼べる人を連れ込むなんて、夢のまた夢だな、と。


「死んでますよね?」

「ええっ、ええっ、そうなんです! ところがこれ三途の川を渡れなくてですね······と言いますか、この周辺から離れられないんです」

 ああ、この手合いか。よくいるやつだ。

「わかってますか? 地縛霊ってのですよ。あなた、この近くで亡くなったでしょう? なにか思い残すことは?」

「ええっ? どうしておわかりに? ······思い残すこと、と言われましても······あの、小さいことなんですけど」

「はい?」

「······結婚指輪が見つからないんです」

「あー」


 遺体を火葬場で焼却する時、金属は外すように言われる。例え大切な指輪であっても、腕時計であっても。それで結婚指輪を外されたことに気が付かない系?


「いえ、違います! それはわかってるんです! そうじゃなくて事故の時にどこかに······」

「はい、次の人。あなたは自力で指輪探してきて。動ける範囲内にありますよ。成仏はそれからだから焦らなくていいです。あ、悪霊にならないでくださいよ」

 サラリーマンはふわっと姿を消した。


 次に現れたのは中学生くらいの女の子だ。

 青白い顔にやつれた頬、噛み締めた下唇。かわいそうに、自分が死んだことを受け入れられずにいる。

 パジャマ姿のところを見ると、病死だったのかもしれない――。浮遊霊ってヤツだ。

「はじめまして。お兄ちゃん、あのね、聞きたいことが······」


 ◇


 順平はその晩、朝日が差し込むまで四人の幽霊の話を聞いてやった。

 それでわかったことがある。

 ここは霊の通り道だった。

 きちんと清められず建ったこのアパートの一角に、通り道はできた。

 前の住人は驚いたか、もしくは視えなくて具合でも悪くしたのか、気持ち悪くて出ていったのだろう。


 しかし幽霊たちにとって幸いにも、順平がやって来た。

 順平は『』の人間だったのだ。

 内見の時にムズムズしたのは、まだ昼間だったために幽霊は不在だったがしかし、その残滓のようなものが部屋に漂っていたからだろう。


 そして順平は――今、大学で心理学を専攻中の身。いずれは人間相手にできる名カウンセラーになるだろう。

 なにしろカウンセリングをした場数が違う。患者クライアントの数が違うのだから――。

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