ど●でもドアのひみつ

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

 ワープゲートが開発されて、この世界の物流だとか交通だとかいうものに革命が起きた。

 そもそも、地球内の移動であれば鉄道や飛行機でなんとか我慢できる範囲だろう。しかし時代は地球外拠点を増やしつつある。太陽系外へも行こうものなら人生のかなりの時間を費やすし、帰ってくるとすればその倍だ。冷凍睡眠の危うさも克服はできない。目覚めなかったら怖いもん。

 ワープ航法については理論自体がだいぶ前に構築されていたが、設備の小型化やらエネルギーを捻出やらに苦労したらしい。先人たちの努力により、それは実現した。部屋の扉をくぐるように、そのドアの向こうにある何光年先の景色まで、たった一歩で済ませることができる。宇宙開発時代にとってなくてはならないものとなった。

 しかし値段はまだまだ高価で、個人が自宅から職場までの移動に利用するレベルでは到底無理な代物である。旧時代の飛行機や鉄道のように、大企業がそれらを各地に整備して、みんなチケットを購入して利用させてもらうスタイルだ。俺も会社の経費でなければ、一度だってこのドアをくぐることはなかっただろう。

 昔のSF漫画のアイテムにちなんで、ピンクに染められたファンシーな扉たちが何列も横に並ぶワープゲートセンター。利用客が通るたびに、ポーンポーンと奇妙な電子音が鳴っている。皆、音に合わせて、どこかへ消えていく。

 こんな時代になっても人類はマメに働き、俺は会社の試作品を客先まで運んでニコニコ説明しなければならない。営業なんて仕事、まっさきに消滅すると思うのだが。進む気配のない行列に、時間を気にする俺は苛立ちが募ってきた。今日の相手は時間にうるさく、機嫌を損ねると厄介なのだ。

 ポーン、一歩進む。ポーン、一歩進む。ひたすらそれらの繰り返し。

 ようやく、ゲートの手前までやってくる。チケットとパスポートを手渡して、口頭で諸々の確認。手続き完了。目的地との接続開始。一歩前へ。それではよい旅路を。数歩で終わる、宇宙航行。


 ……いつもの電子音が鳴らなかった。


 違和感。センターはどこも同じようなものなので、俺は扉をくぐっても景色が変わらないことにしばらく気づかなかった。職員の呼び声で振り返ると、さっきチケット渡したねーちゃんがそこにいた。おかしいな。ワープで失敗なんて聞いたことがなかった。

「あれ? 移動してないな。もう一回くぐればいいですか?」

「少々お待ちください」

 他の職員が応援に駆けつけて、状況を説明している。何か慌てた様子で、空気がざわついている。

「23番ゲートはトラブルのため、運用を一時中断します。こちらの列にお並びの方は別ゲートへお移りください」

 並んでいた大人数たちはブーイングを上げながらも、しぶしぶ動いていく。そんなに大事なのだろうか。仕方ない、俺もそっちへ行くとしよう。

「すみません! ご迷惑をおかけして大変申し訳ないです。超時空間干渉波の影響があるかもしれないので一度精密検査をさせていただきます。控室にご案内致します」

「ええ! ちょっと急いでいるんだけど」

「大変申し訳ありません。規則で決まっていますので……」

 ここで不満を垂れても解決はしないだろう。怒り半分、諦め半分な溜息。とりあえず言われた通りの部屋で待機する。

 客先に一報入れとかないと文句を言われるな。量子通信で電話する。

「どうも、お世話になります。すみません、ワープゲートの不調か何かで少し足止めをくらってしまいまして、伺うのが少々遅れそうです。品物だけでも先に転送できないか問い合わせますので……」

「何言ってんの? 向こうで手振ってるじゃない。今向かうから、切るね」

 通信終了。どうなっている? 誰かと見間違えているのだろうか? まあいい、とりあえず遅れることは伝えた。

 部屋には何故かセンター長と呼ばれるおっさんが来た。しきりに額に浮かぶ汗を拭いている。何か焦っているようだ。

「大変申し訳ありませんでした」

「そんな気にしてないんで。それより早く出発したいんですけど」

「それがですね……」

 口をもごもごさせたまま、中々喋ろうとしない。じれったいな。

「もう正直に全てお話しましょう。このワープゲートはファックスみたいなものなのです」

「はあ?」

「ファクシミリ。何世代も前の通信機器ですから知らないのも無理ありません。文字や画像が書かれた紙を機器がスキャンして、変換された信号を離れたもう一つの機器送り、情報をまた紙に印刷します。紙が移動してるのではありません。情報だけが移動しているのです」

「つまり?」

「出発地点のゲートは入力装置です。身体情報から記憶情報まで、人間として構成される情報全てをスキャンします。それから量子通信で伝達されます。そして到着地点のゲートは出力装置で、その情報によって新しい人間をプリントアウトします。これがワープの正体です」

「いやいや、じゃあ入力装置をくぐった人間はどこに消えたんだよ?」

「こちらが出力する際の、材料のストックとして、分解されます」

「分解?」

「しかし、あなたは分解するのに失敗してしまった。今、この世界にあなたは二人存在します」

「はあ? そんなの大問題だろうが!」

「そうなんですよ。困ったなあ」

「困ったなあじゃないよ! お前らワープとか嘘ついて人殺ししてきたのかよ!」

「人殺し? 私たちは誰も殺してやいませんよ」

「だって今、分解って」

「片側が分解されても、同時に完全同一な存在が誕生するのです。客観的に、誰が死んだんですか?」

「いや、俺の意識はどうなるんだよ!」

「知りませんよ。あなたは向こうで元気にやってますよ?」

 見せられた画面の中で、『俺』は客先と愉快そうに談笑していた。手に持っている試作品も、今俺が持っているものと全く同じ品物だ。量子通信なのでリアルタイムな映像である。偽造でもない。確かに『俺』が二人いる。

「俺はこれまでゲートを何度も通ってきたが、生まれてからずっと『俺』だって自信があるぞ」

「そういう記憶も一緒に印刷されているだけです。実際のあなたは近々にゲートから出てきた年月しか生きていません」

「嘘だろ……、この先どうやって生きて行けばいいんだ」

 もう一人の、向こうでうまく仕事をやっている『俺』がいるなら、今この俺は必要ないんじゃないか。

「一応、こういう場合に備えてわが社には保険が用意されていますう。条件がありますが、あなたがこれから死ぬまでの生活費、その十倍を差し上げましょう」

「条件って?」

「顔と身分と記憶を、全て別人のものに変えていただくことです」

「……馬鹿馬鹿しい! いい加減にしろ! 俺は外に出て、お前らのやってきたことを告発してやる。覚えてろよ!」

 俺は怒り心頭に立ち上がり、椅子を蹴り上げた。

「……わかかりました。それではお帰りはあちらからどうぞ」

 センター長は特に困惑もせずに、俺を出口へと促した。どうせ一般人の訴えは誰もまともに聞かないと思っているのだろう。大企業なら簡単に揉み消せると、高を括って見下してやがる。

 クソ、舐めやがって! 確かにこの仕組みを実証するのは大変そうだ。これまで誰も知ることがなかった秘密なのだから。しかし、『俺』は今二人いる。それがなによりの証拠だ。俺は今から『俺』に会いに行って、この奇妙な事態を世間に知らしめてやる!

 大きな足音を立てながら、俺は早足に進んだ。扉をくぐる。


 ポーン。


 奇妙な電子音が鳴った。

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