新社会人の住宅の内見【KAC20242】

たっきゅん

問題のない物件

「まったく、都会は忙しないですね。みんななんであんなに歩くの早いんですか」


 東京での就職先が決まった私は上京するにあたってまずは住むところを探すために、会社から近い物件を不動産会社の方に紹介してほしいという要望を出しました。


「えっと、待ち合わせ場所は……。あっ、あそこのクレープ屋さんの左側の―――って会社の入ってるビルじゃないですかっ!」


 目に入ってきたのは入社試験として一度訪れた見覚えのある 8階建てのオフィスビルでした。


「あの、すみません。四月一日わたぬき様でしょうか?」


 私は急に背後から声を掛けられで振り返るとそこにはスーツ姿の若い女性の方がいました。


「私は【ハッピーハッピ・ハーッピ不動産】の濱田と申します。こちらが名刺になります。―――本日は住宅の内見ということでお越し下さりありがとうございます」

「あ、はい。ありがとうございます。今日はよろしくおねがいします」


 お互いに挨拶をし、クレープ屋の左にあるオフィスビルのもう三つ左にある 6階建ての縦長マンションへと私たちは入りました。


「驚きました。こんな近くに空き物件があったなんて」

「ええ、こちらの物件は四月一日様の要望にぴったりだと思います。バス・トレイ別、安心のオートロック機能付きで紹介するこのお部屋は 4階となりますが要望事項は満たせているかと思います」


 私は間取りをチェックし、TVやソファーなど家具を置くイメージをしながら内見を続け、問題ないなと思いその旨を伝えます。


「ここにしますっ!」

「え? いや、そんな簡単に決めないほうが……。紹介した私がいうのもなんですけど、やめておいた方がいいですよ?」

「……この部屋にもしかして何かあるんですか?」

「いえ、この部屋にはありません。家賃もリーズナブルですし、敷金礼金もしっかりしていますので退居される際もスムーズに行わさせていただきます」


 この部屋には問題は何もなくオススメの物件だけど、オススメしたくない理由がありそうな意味深な言葉を残して内見は終了しました。







「……もう疲れた帰りたい」

「わたぬきーっ! コレとコレとソレ、今日中に頼むぞ! なーに、日付を越えるまでが今日だしな。お前は家が近いんだし出来るだろ?」


 後で聞いた話だが、私の入社した会社はブラック企業として有名だったらしい。このマンションはそんな社員が入ってはパワハラにあって辞めていくので有名な物件だったようだ。


「物件がよくても帰れないんじゃ意味ないよ~~~!!!」


― 終わり ―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新社会人の住宅の内見【KAC20242】 たっきゅん @takkyun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ