これでずっと一緒だよ

伊崎夢玖

第1話

「この部屋でお願いします」

この部屋しかない――俺は最初から決めていた。

普通なら契約前に、じっくりと部屋の内見をするはずだ。

それをせずに契約を申し出る俺を不動産屋の担当者は若干焦ったような、不審なような、うまく表現しづらい顔で振り返った。


「あの……本当によろしいのですか?この部屋は……」

「承知の上です。この部屋がいいんです」

「お部屋の内見の方は……」

「いりません。この部屋にします」


契約した部屋は所謂事故物件で、女性が殺された。

犯人はこの部屋の元住人で、殺された女性をストーカーしていたらしい。

接近禁止令が発令されているにもかかわらず、ストーカーをやめなかったそうだ。

『彼女を幸せにできるのは自分だけ。彼女を守れるのは自分だけ。彼女が愛しているのは自分だけ』その思いが爆発してとうとう凶行に出た。

帰宅中の彼女を拉致し、この部屋に連れ込んで、暴行した挙げ句、殺害。

ストーカー殺人として、一時期ニュースを賑わせたものだった。

しかし、時というものは人の記憶を風化させるもの。

このニュースもあっという間に世間から忘れ去られた。


時は流れ、事件のことを覚えている人は減った。

覚えているのは被害者に近しい人くらいなのではないだろうか。

きっと今の若い子は知らないはずだ。

とはいえ、事件のことを知らなくてもこの部屋が事故物件であることは安すぎる家賃を見れば明白で、借り手は事故が起きてからなかったという。


ガチャリを鍵を開け、中に入る。

さすがに中はリフォームされて、小綺麗だった。

ドサッと持っていたボストンバッグを床に落とす。

中身は下着の替えが数枚と服が数着入っているだけ。

俺の荷物の全てだった。


「あれから何年経ったっけ?あの頃の部屋の面影はどこにもないね。少しくらい残してくれててもよかったのに…。君もそう思うだろう?」


誰に話しかけるわけでもなく、俺は独り言を呟く。


「あの時、君が俺の告白を受け入れてくれれば、ここは事故物件にならずに俺らの愛の巣になってたはずだったんだよ?って、まぁいっか…。昔話をしてもつまんないだけだし…。少し回り道しちゃったけど、ようやく一緒になれるね」


俺と彼女の同棲生活が始まった。

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これでずっと一緒だよ 伊崎夢玖 @mkmk_69

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